年頭の御挨拶を申し上げます。       本年も宜しくお願いします。

             2017年 1月1日    斉藤 孝

 


寛容と和解

海外旅行が大変危険になりました。昨年末のベルリンのテロ。シリア内戦によるアレッポの廃墟。20年前に見物したパルミラ遺跡も再びイスラム国に奪われたようです。 世界を放浪している二人にとり不安な年明けとなりました。

皇帝になったKGB工作員や米国の美徳である多様性を否定して分断をあおる不動産王、こんな狂人達が人々を扇動することによって世界秩序の崩壊が進むようです。 寛容と和解、そして不戦の誓い。お願いします。

   

「全日空」の日々

「全日空」とはてのいているという無職の生活を意味します。2016年を振り返りますと、相変わらずの「全日空」の生活でしたが、日に日に老いさらばえていく弱い自分にイライラする毎日をおくりました。

「齢(よわい)を重ねる」とは「弱いを重ねる」ことで納得 。

 

 

50年の節目

業50年という節目を祝う会合が数件ありました。入学式への招待は栄子だけが出席しましたが山の仲間と祝う50年記念合宿には二人揃って参加できました。

                   (50年記念合宿)

大好きな登山は斑尾山、浅間高峰そして白馬などで体力の衰えのせいか登山回数が年々減ってきたようです。新雪の高峰の樹氷を見て、冬山に惚れました。

(卒後50年の招待)

 

 

古いアルバムの整理

古いアルバムの整理をして、デジタル化していましたら、50年前の母親と私が写っている素敵な一枚を見つけました。それは卒業式の写真で母親トミは45歳で私は24歳の青年でした。美人の母親の姿に魅了されました。あの頃の母親と一緒に多くの写真を撮っておけばよかったと悔やんでいます。 いつまでもマザコンですね。       (50年前の卒業式で母親と)      

                                                                                                         

95歳になる母親トミは介護ホームでみなさまから大切にされて穏やかに過ごしております。強者を装きた私も74歳になりましたから介護ホームでお世話になる日も近いです。超高齢化社会とは、どんな強者も強者のままでは死ねない、弱者になっていく社会であると思います。未来を託すのは孫の悠真7歳だけです。この写真は、公文の一年間の課題用紙を積み上げて愛着と自己満足の様子を表しています。(公文と悠真)                                           

                                                                                                                                                     

「歴史・民族・言語」

世界は生き生きとした姿を示してくれます。私の海外旅行の楽しみは、「歴史・民族・言語」の3点セットです。歴史的場所で土地の素朴な人々に会い、彼らが喋る言葉を聞くことです。風景や買い物と食べ物にはあまり興味がありませんから、厳冬の観光客が少ない時期が私の好みに適しています。

 

                                                                                     (ヌビア砂漠のアブシンベル神殿跡)

2016年は10国を回りました。1月にイタリアのシチリアとカラブリア、4月にオーストリア、チェコ、スロバキア、ハンガリー、ドイツのドレスデン。ハンガリーは25年ぶりで、亡くなった友人を偲ぶセンチメンタルジャーニーでした。

7月はルーマニアとブルガリアでトラキアのワインを堪能しました。10月はエジプトでナイル河クルーズを楽しみ、熱砂ヌビア砂漠でアブシンベルの神殿を見物しました。

(ルクソール神殿のライトアップ) 

 

 

 

25年ぶりのルクソールで王家の谷を探索。エジプト5000年の歴史に酔いました。年末11月はスペインのバルセローナやジローナなどカタローニャを回りました。

 

 

 

 

 

空間の美を求めて

ベルサイユやシェーンブルンなど欧州の宮殿は芸術品や絢爛豪華な建築物で溢れかえり一見したところ贅沢ですが、静けさを見いだせる空間とは思えません。

(シチリアのエトナ山を望む)

             (ウイーン宮殿の)

 

教会も似たようなもので天高くそびえるゴシックのカトリック教会でステンドグラスから差し込む薄く暗い中で飾られたキリスト絵巻の数々、さらに正教会の不気味なイコンなどを見上げる時、これで本当に魂の救いをもとめる宗教的空間なのかと疑います。カトリックや正教は本来の原始キリスト教から逸脱したもので宗教というよりは西ローマ帝国と東ローマ帝国を継承した統治システムに過ぎません。

それに比べて北欧のプロテスタント教会や偶像を一切置かない イスラム教のモスクに宗教的静けさを感じます。素晴らしいのは伊勢神宮のような空間です。そこには空白という静寂があり宗教に本当の美しさを与えてくれます。

 

庭と住む人の哲学

庭づくりの醍醐味は、精一杯わがままにつろぎの空間を演出することです。一日中いても楽しい、自分流の楽し方ができる緑の空間です。花々一点に美しさを求めるのではなく、庭の緑とのバランスで全体が絵になるように配置します。松井田カメガーデンはナチュラルな庭つくりを目指し、屋根瓦など廃物を利用しました。 古家再生とはいきませんが素朴な手作り感をだし菜園も兼ねたものです。

(鵠沼の庭ランプ)                     (松井田カメガーデン)                                                                                                                  

庭を見れば、住む人の思想が読み取れます。片瀬山と鵠沼の庭は、まるでアマゾンの密林のよう。雑草と雑木の森のよう。等々の悪評もありますが、これが私の自然に対する哲学です。

なお、楽園の日々を伝える松井田アルスロンガ農園の記録をお読みください。

 

 

 

                みなさまのご健康と御活躍を祈ります。   2017年1月1日    斉藤 孝

 

              個人Webサイト http://www.rr.em-net.ne.jp/~saitotac/index.html

                     松井田アルスロンガ農園の記録


 

 

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