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             月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。』 

                                                                                                             芭蕉『 おくのほそ道 』 

       老年を迎える者は、日々が旅であって、

                                旅そのものを常のすみかとしている。


日本の旅   礼文敦盛草を愛でる  礼文島と利尻島  2022年6月3日 

 

                
礼文敦盛草
中高年女性にとり、こんなにも大人気の花なのかと驚いた。クリーム色した小さな可愛らしい花である。レブンアツモリソウは、礼文島でしか見られない希少な花。

6月中旬にかけて見ごろで全国から女性達が群がる。残念ながら、うら若き女性は少ない。
優雅な淡い色の花をつける。その袋の形を平家の若武者『敦盛』の付けた弓除け袋に喩えた。
その敦盛を討取った『熊谷直実』に因む「熊谷草」は、藤沢・片瀬山で毎年見てきた。

 

 


 

 

 

 

 

礼文島に咲く花々の多くは、サハリンやカムチャッカ、アリューシャン列島などを故郷とする。3000メートル級の北アルプスに咲く氷河期の高山植物が平地の礼文島で気楽に見られる。レブンコザクラ、レブンキンバイソウ、レブンウスユキソウなど、礼文島でしか見られない固有種の花が多い。

利尻山
利尻富士(標高1,721m)とも呼ばれる利尻島に位置する独立峰。懐かしい思い出の峰だ。60年前の1964年8月、大学3年生の夏休みに友人と二人で北海道を一周した。当時流行のカニ族の貧乏旅行だった。簡易テントを背負い一ヵ月放浪した。(1964年の旅の話)

花の礼文島は香深に泊まり、利尻島では利尻富士にも登った。
海抜ゼロから二千メータまで往復登山したことになる。
6月初旬の利尻山には残雪が残っていた。

稚内と宗谷岬
鉄路の日本最北端は稚内駅である。その昔は、南樺太まで鉄道連絡船でつながっていた。ロシア系住民の保護を口実にして狂人プーチンは攻めてくる。海峡の43キロ先にサハリンは位置している。不法占領している北方4島はロシアの崩壊で返還されるだろうか。
6月初旬の宗谷岬は気温9度で北西の風が強く、海は大荒れだった。
 

 


澄海岬(スカイミサキ)
礼文島のスカイ岬は、まるでスコットランドの「スカイ島」のようで、断崖は北海の冷たい荒波に洗われていた。もの凄い風なので老夫婦を吹き飛ばす。荒涼とした岩山は翼を広げたかのような形している。今宵はハイランド地方のウィスキーで冷えた体を温めたくなった。

 

 

 

桃岩展望台まで天然の花畑の連続である。レブンキンバイソウの群落「キンバイの谷」を登った。

ミヤマオダマキ、 高さは25cmほどに育ち、高山植物の中でも比較的大型。
レブンコザクラ、 小花が手まりのように集まって咲き、斜面を紅紫色に染める。
 

レブンウスユキソウ、 白い綿毛で覆われ、雪が薄く積もったように見える。
レブンソウ、 礼文島固有のマメ科の植物。
レブンシオガマ、 礼文に自生するヨツバシオガマ。
エゾノハクサンイチゲ、 本州のハクサンイチゲと比べると背丈が少し低い。
リシリヒナゲシ、 日本に自生する唯一のヒナゲシ。

西海岸の山の斜面に多く見られ、見事な群落を形成していた。
新緑のトド松とエゾ松の自然の森をトレイルした。
海の向こうに浮かぶ利尻富士は美しかった。 

 
    

    "山高くしてゆめがある
      山高くして唄があり
       ここ最果ての利尻よ礼文
        君を訪ねて姫沼かなし
         われら島を愛して
          旅を行く"
    『島を愛す』

 

    ------>読む         カメとチビちょんの北海道珍道中   (1964年8月1日〜31日)


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日本の旅   「ご縁の聖地」  出雲神話の旅  2022年5月22日 

   「庭園もまた一幅の絵画である」
創設者「足立全康」の言葉とされる。
足立美術館には5万坪の庭があり、何処をとらえても日本絵画になる。

あまりにも上手く設計された人工庭園なので、自然の風采は少しも感じられない。
美術館のある島根県・安来市は、安来節「どじょうすくい」で有名な場所。
泥臭い安来節のような日本庭園を期待したが、足立美術館は成金趣味の庭園だった。

   
 

  「ご縁の聖地」 
松江市の宍道湖と出雲大社を訪れた。生まれて初めての参拝。
80歳の老夫婦にとり、いかなる「縁結び」を夢見たらよいものか。

「イザナギとイザナミ」によって多くの神々は生まれたという。
アマテラス、ツクヨミ、スサノオなど神話を微かに覚えていた。
昔は天皇制の誕生に繋がる古事記は好きになれなかった。


  神々の男女関係はまるで人間の業
出雲神話は女神の活躍も多く、神々の男女関係はまるで人間の業そのもので生臭い。
妖艶なギリシャ神話によく似たロマンもあるから、なおさら面白い。
東西に共通した神話は、自由奔放で人間的で愉快なエピソードを共有している。
キリスト教や仏教の到来によって神話は滅び、暗黒の厳しい中世が始まった。

神話は古事記として口承で伝えられてきた。
出雲大社は、偶像崇拝の神殿でもない。
経典や聖書もなく、仏像や聖像も一切祭られていない。
仏門者や聖職者もいない。神官と巫女だけである。
しかも神官は神の代理人ではない。
 

  「縁結び」という伝説
ムハマドやイエスなど預言者の存在も認めない。
これでは宗教の成立条件を満たすことはできない。
こんな素朴な神話だけで日本は誕生した。世にも不思議な古事記。
出雲大社の魅力は、「縁結び」という伝説でまとめ上げたことだろう。

  「鳥取砂丘」
但馬は因幡の白兎や霊獣などが舞う大地。海岸に鳥取砂丘が広がっていた。
タクラマカン砂漠やサハラ砂漠と比べるものではないが、鳥取では貴重な観光砂漠なのだ。
三朝温泉と玉造温泉の露天風呂につかり、出雲神話の妄想を楽しんだ。


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日本の旅 神社と古墳の島 「対馬・壱岐の旅」 2022年4月22日                
    対馬海峡の潮の流れは激しい。
国境の島「対馬」を初めて訪れた。
韓国・釜山市の街並みが見える展望台。
朝鮮半島まで、距離は50キロ。

韓国観光客は年間数十万にもなる。釜山から2千円程の舟賃。
韓国人ガイドは豊臣秀吉の朝鮮出兵を激しく非難する。
遺恨と怨念は民族の絆となっている。
過去を忘れ、仲良く平和に過ごそう。

        

壱岐は島中が古墳と遺跡の島である。
3世紀『三国志』の中で『魏志倭人伝』に登場した。
弥生時代から大陸・半島と文化交流があった。
古代より九州本土と朝鮮半島を結ぶ外交の要であった。
防人の派遣、元寇の襲来、朝鮮通信使の護衛など国防の島。

600年も長く対馬を治めた「宗家」は優れた外交大名だった。
朝鮮通信使の護衛など朝鮮と日本の親善に努めた。
百雁木(ひゃくがんぎ)と言われる132段の石段を上った。
宗家一族の墓所である御霊屋があった。
宗家は10万石の大名。米も採れない、やせた小さな島なのに。
銀採掘と密貿易で栄えた。

神社は約400社務所がある。壱岐と対馬には神々が宿る。
五島列島にカトリック教会が29もあり、潜伏キリシタンの島。
九州西北の列島には興味深い歴史が残る。

1904年にバルチック艦隊が対馬海峡を通過した。
日露海戦は、ロシア側に戦死傷者1万人を出し、日本の大勝利に終わった。
やがてロシア革命、そしてロシア帝国は滅亡した。
2022年に黒海艦隊の旗艦「モスクワ」はウクライナ軍によって撃沈された。
東スラブ人の兄弟喧嘩、いつまで続けるのか。
民衆は悲劇である。

      玄界灘で東スラブ語「Мир(ミール)」、「平和」を祈った。


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        「隠れキリシタンの島」 五島列島の旅         2022年4月10日

     真っ青な海。
        東シナ海に突き出した断崖。
            大瀬崎灯台は絶壁に建っていた。
               西海の守護者のようで誇り高い姿。


「潜伏キリシタン」と新たに呼ばれる隠れキリシタンの島を訪れた。信仰と祈りの歴史に触れる旅。
サンチャゴ巡礼のような敬虔な気分になった。カトリック教徒でもなく信仰心はまったく持ち合わせない背教者。
 

             


            島中、教会だらけだった。
           29ものカトリック教会が存在する。
           これが歴史遺産になる。むしろ観光遺産といえる。

                  南仏ピレネー山麓にある奇跡の洞窟ルルドまでもある。
                 カトリック系女学校が大好きなレプリカ。
                 そこは井持浦教会という木造の小さな建物だった。

キリシタン洞窟の海は美しかった。
若松島の西南。断崖絶壁にある小さな洞窟。
迫害を避けて船でしか行けない険しい断崖に隠れた。
白いキリスト像が安置されている。

キリシタン弾圧は豊臣政権や徳川政権の時代に始まった。
しかし禁制は16世紀が最後ではない。
19世紀の明治政権になっても弾圧は続く。
140年前の明治初期まで禁制は残った。

近代国家を目指す日本。宗教の自由はまだ早すぎた。
キリシタンは邪教とされたのだろう。
神仏混合を見直し、廃仏を徹底した。
天皇を頂点とする神道を国教にした統一国家。
明治政府の選択は正しかった。

    サンタ・マリアを拝む漁民集落。
白人女性と鼻の高い西洋人のキリスト顔。
「マリア像」の絵を見て違和感はなかったのか。
同じ偶像崇拝ならば「観音様」を拝むだろう。

F・ザビエルなどポルトガル・スペイン宣教師の容貌。東アジア人と、まったく異なる西洋顔ではないか。昔から日本人は西洋かぶれなのだ。

ピサロなどインカ帝国侵略者は住民を虐殺した。
宣教師は、その後にやってきて布教を開始。
奴隷商人も活躍して植民地支配は確立された。
五島列島に、そんな暗い歴史はなかったのか・・。
キリシタン禁制は豊臣・徳川政権の良策だった。
静かな海原と緑の島々を眺めながら
       逆説的な独り言をつぶやく。

    「奉納」と書かれた賽銭箱。
キリシタン教会入口に置かれていた。
神仏・天主(キリスト)を混合させてきた証。
五島列島は、その典型的な日本を見せてくれる。

青砂ヶ浦天主堂は、レンガ造りのゴシック教会。
仏教徒である五島出身の大工、鉄川與助が設計した。船大工の技は教会建築にも生かされている。

「天主」とはキリストの中国名である。
「天主堂」という銘板は、いかにも中国的。
「天主」よりも「天守」ならば日本的である。
「天守閣」という銘板ならば日本的城郭にもなる。
キリシタン教会は「天守閣」と呼ぶべきだろう。

「潜伏キリシタン」は異端カトリックといえる。
ガラパゴス的カトリックかもしれない。
もしかして原始キリスト教に似ているもの。
潜伏してこそ信仰と宗教の価値は尊いものになる。
十字架を切ることではなく、魚マークを描くことが教徒の密儀。

潜伏することで原始キリスト教に回帰できた。
「オラショ」の祈りはラテン語の祈りでなく、
ガラパゴス的カトリックの念仏といえるだろう。
潜伏キリシタンこそ原始キリスト教徒なのかも・・。

                     「ガラパゴス・カトリック教の島」

                             私の五島列島の印象である。

 


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 「ひそかに眠る 白いサンゴ礁」  八重山諸島      2022年4月1日

             "南の果ての 海の彼方に
                    ひそかに眠る 白いサンゴ礁"


                          『白いサンゴ礁』の歌詞を口ずさむ。  

           

   真っ青な海原と白いサンゴ礁に囲まれていた。
   4月なのに体感温度は28度。石垣島は真夏だった。
   西表島・仲間川のマングローブは亜熱帯のようだ。

   南の島々は、若者と若い家族の楽園である。
   カヌーやシュノーケルなどマリン・スポーツを楽しんでいた。
   白髪と禿げ頭の老夫婦には場違いの楽園といえる。
   重い観光牛車を引く水牛が優しく二人を慰めてくれた。

   60年程前になるから、まだ本土復帰前の琉球時代。
   母と沖縄本島から飛行機で石垣島に行った。
   「AirAmerica」と呼ぶ米軍航空機を利用した。
   小さな島の飛行場は砂利の滑走路だった。

   1970年代はベトナム戦争最盛期。
   沖縄上空にB52爆撃機が飛び交っていた。
   ハノイ方面で無差別爆撃を繰り返していた。
   当時の悪役はアメリカ。ベトナム反戦も激化した。

   真っ赤なブーゲンビリアの中を水牛車はのんびりと行く。
   白い砂道はサンゴ石を積み上げた壁に囲まれている。
   赤瓦屋根にはシーサ(獣像)と呼ぶ魔除けがにらんでいる。
   竹富島や由布島に伝統的な集落が点在し古き良き沖縄だった。

     "島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ
             島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の涙"

            三線(サンシン)と呼ぶ蛇味線は『島唄』を奏でる。

              母を懐かしむセンチメンタルジャーニーでもあった。    


      南の島に雪が降る 「屋久島・奄美の旅」  2022年3月5日

ロシアのウクライナ侵攻のさなか、悲劇を憂いながら、
屋久島・奄美を訪れた。

        大自然に恵まれた日本を発見。まだまだ旅を続けていこう。


南の島に雪が降る
3月初め、麓は桜が満開だったが「白谷雲水峡」を進むと、「大川の滝」あたりで雪が降ってきた。
「縄文杉」の現物を見学できなかったが「紀元杉」を見上げることができた。
化け物のようで見苦しい。まるで自分の老いた姿を見ているよう。
皺くちゃで無数の草木を巻き付け、仙人のようで威厳がある。
大自然の一部になった気分で歩くことにした。


屋久島は盆栽島
標高730mの地点で「二代大杉」と呼ばれる幅(4.4m)の巨杉を眺めた。
カリフォルニアで見上げたレッドウッドよりも小さくグロテスクに見える。
苔むしているから巨大な盆栽杉のようだ。数千年の間、風雪に耐え生き抜いてきた。
屋久杉は、不老長寿の神木となっている。
屋久島は、洋上に浮かぶ巨大な盆栽島といえる。

九州最高峰
樹齢7200年という「縄文杉」を見上げることはできなかったが、
綺麗なレプリカがホテルのロビーに展示されていた。
実にリアルでまるで生きているようだ。

その背景にモッチョム岳(944m)、耳岳(1202m)そして割石岳(1410m)の山並みが見えた。
あの彼方には、九州最高峰「宮之浦岳(1935m)」がそそり立つ。
九州の屋根といわれる「阿蘇山(1592m)」よりも高い。
 

 

 

 


世界自然遺産
屋久島は宮之浦岳を中心にした火山島だった。島全体が花崗岩の洋上の塊といえる。
島の周囲を流れる黒潮は温かな水蒸気になり、宮之浦岳に当たると大量の雨に変わる。
年中、雨の恵みにより草木はよく茂り、島中がジャングルになる。

海抜0mから1935mまで、ガジュマルなど熱帯の草木から始まり、
高度が増すに従い杉や照葉樹などが垂直に分布して育つ。
動物はサルやシカなど屋久島固有種が多く住んでいる。まさに多様性と稀少性の生物の宝庫。
神秘な島なのだ。たしかに世界自然遺産であると納得できた。

プロペラ機に乗る
九州の離島を結ぶプロペラ機に乗り込み、二人はこどものようにはしゃいだ。
JAC(Japan Air Commuter)社のものでATR42-600型というフランス製小型旅客機。
鹿児島から屋久島や奄美など離島を結んでいる。

純真な童心に帰る遊びとして、カヌーに初めて乗った。
奄美のマングローブの森を流れる川で、カヌー下りを楽しんだ。

屋久島・奄美は、海に囲まれた美しい緑の小さな地球だった。

              
 日本人として生まれて本当によかった。

 


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        オホーツク海の流氷        2022年2月1日

2月初め厳冬期の知床。
 老夫婦は、流氷の見物と北の魚貝料理を求めて知床にやって来た。
流氷によってオホーツク海は真っ白な陸地のように変貌していた。

         知床の岬に はまなすの咲くころ
            思い出しておくれ 俺たちの事を
               飲んで騒いで 丘にのぼれば
                  はるかクナシリに 白夜は明ける


知床の大自然の情景が目の前に広がるような『知床旅情』の歌詞。
有名な森繁節である。その昔に仲間とよく合唱した大好きな曲である。
森繫久彌が演じた映画『地の涯に生きるもの』は、知床半島の番屋で孤独に生きる老人の物語だった。

流氷の白い海原
 どこから海が始まるのかサッパリ分からない。オホーツク海は流氷で真っ白な海原になっている。砂浜を過ぎると波打ち際から流氷の塊がびっしりと詰まっている。遥か水平線、空と海が出会う場所まで流氷の海原が続く。まるで白い北極圏の氷山を砕いて平らに並べたみたい。樺太(サハリン)まで流氷の上を歩いて行けそうだ。

『ガリンコ号』
 紋別港から砕氷観光船『ガリンコ号』に乗船してオホーツク海に出た。
ガリンコ号は先頭に付いているドリルのような砕氷器で流氷を砕いて前進する。面白い仕組みである。砕氷艦は、南極観測船『宗谷』のように分厚い鋼鉄で船体が造られ、先頭が鋭い刃物のようなっている。『ガリンコ号』は、ミシシッピ川の大きな水車を回して進行するショーボートのような砕氷観光船なのだ。

オホーツク文化
 昔のツングース系先住民は、もしかしてシベリア大陸から流氷群をつたわり蝦夷地にたどり着き、先住民のアイヌ民族と出会った。そして独特のオホーツク文化を作り上げたのだろう。知床博物館の展示物から想像してみた。白銀に輝く海原を見つめながら、北方文化の交流は、流氷がもたらしたに違いない。

「はるかクナシリに 白夜は明ける」
 羅臼から真っ白な国後島の山々を遠望できた。ロシアによって不法占領されているクナシリとエトロフなど北方4島。対岸から海を挟んで毎日見ている島民にとり、さぞかし悔しいことだろう。オジロワシは国境の海原に舞っていた。羅臼港では知床ネイチャークルーズ船に乗船した。越冬中のオオワシとオジロワシを観察するためである。オジロワシは、羅臼沖にいる魚類を求めてやってくる。スケソウダラ漁船に集まって悠然と飛んでいた。
 


    ----->   続き


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  「小田原城と富士山、そしてモネを独り占め」

                    2022年1月20日

       

  小田原城を独り占め
 近場の観光地、箱根・強羅に行くことにした。途中、小田原城を初めて見物した。湘南に住んで50年になるが小田原城を見たことがなかった。藤沢から車で30分程度の場所にあるのに・・・。朝10時頃に到着した。観光客は少なく、静かな小田原城を独り占めすることができた。綺麗な城郭で天守閣は白く輝いていた。戦国の世、北条氏三代で繁栄を極めた小田原城は、今や小田原市だけでなく日本の観光の拠点になっている。
         
城内の樹木などの手入れも行き届き、ゴミひとつない綺麗な環境である。5階建ての天守閣には数々の貴重な古文書などが展示され、懇切丁寧な説明が付いていた。
江戸時代は稲葉家や大久保家などが城主になったこともある。小田原市民が誇りとしてきたお城の歴史を良く知ることができた。城内の一角に、二宮金次郎を祭る「尊徳二宮神社」があった。尊徳候は相州二宮の百姓から江戸時代末に農業改革を実践された偉人。
NHK大河ドラマで是非とも取り上げてもらいたい。

   富士山の眺望を独り占め
 強羅の温泉ホテルでグルメ料理を楽しみ一泊して、翌日は快晴の下、箱根駅伝マラソンコースを上り箱根神社に参拝した。その後は富士山の雄大な姿と箱根の山々を一望できる大観山に行った。
眼下に芦ノ湖を配した見事な富士山の姿を眺めることができた。左側には遠く南アルプスの聖岳、間ノ岳、悪沢岳など南アルプスの山々、右側には駒ヶ岳と相州丹沢の山々。
50年前の学生時代に登った懐かしい山々。古き山友の顔を思い出した。輝かしい若き青春だった。大観山は箱根一番の展望台といえる。海側には紺碧の相模湾を望むことができる。
江ノ島から三浦半島、左側には大室山、天城山など伊豆半島の山々。そして初島、大島、利島など伊豆諸島までも遠望できた。

   『睡蓮の池』を独り占め
 グルメ旅だけでなく芸術にも触れた。ポーラ美術館で「モネ 光のなかに」を鑑賞した。19世紀末フランス印象派を代表する画家。パリ郊外のジヴェルニーの住処には有名なモネの庭があり、造成された池には睡蓮を植え、日本風の太鼓橋があった。カメの庭はモネの庭に憧れて着想したもので、盆栽のような小さな空間。『睡蓮の池』と題する名画。水面には周辺の木々が映っている。本物をこんな近くで、独り占めしたかのように鑑賞できた。至福の美術の一時。

寒さとコロナ禍もあり、箱根はどこも空いていたので富士山と名画も独り占めする旅だった。
 自然と草花を愛でながら日本の旅を続け、2022年を穏やかに過ごそう。


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   「冥途新幹線」   冥途への土産        2021年12月

 5日間で日本を一周

 小さい島国の日本でも少し無理であるが、新幹線を利用して一周。 ある旅行会社のツアーに参加することで実現できた。 走行距離5126.9km。鉄道総時間32時間50分。 新幹線と呼ぶ広軌レール鉄道は日本独自のもの。 レールの幅が狭軌(1067mm)に比べて広軌(1435mm)は広い。 欧米や中国・朝鮮などは広軌レール幅が標準である。 狭い盆栽のような日本に狭軌レールで十分だった。

 

  日本の高速鉄道網

 新幹線は、東海道、山陽、九州、東北、上越、北陸、北海道、山形、秋田など9個所に敷設されている。 山形と秋田は、狭軌を広軌レールに変えただけで旧幹線に過ぎない。 日本の新幹線、正式には高速鉄道網はフランスや中国に比べると見劣りする。 しかし、流線形スタイルの車両は様々であり、室内はとても綺麗である。 これは日本人乗客が上品であること、そして手入れに気を遣う運営会社の熱意の賜物。  

 

    砂蒸し風呂  「やは肌のあつき血汐」

 あふれ出る温泉が温めた砂。熱砂の中で生首だけを出し、全身に砂を盛られて土葬姿になった。 少し重く感じるが体中に砂の温かさが染み渡り心地よく眠くなってきた。 その昔、『みだれ髪』の与謝野晶子も楽しんだそうである。 早朝から砂蒸し温泉で、歌人の詩をつぶやいた。

  「やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」

2日前は雪の北海道・洞爺湖で湯浴みを楽しんでいたのだが、 ここでは椰子と蘇鉄が繁る、温暖な鹿児島・指宿温泉で砂蒸しされている。 小さな日本であるが、地形と気候は面白いくらい変化する。  

 

  冥途への土産  「Cool Japan」

 まず北海道・函館まで北海道新幹線で函館北斗まで行き、在来線を乗り継ぎ洞爺湖の温泉に宿泊。 本州に戻り盛岡から秋田新幹線であつみ温泉泊。 新潟から上越新幹線・高崎乗り換えで北陸新幹線で福井県のあわら温泉に到着。 そして山陽新幹線と九州新幹線で鹿児島から指宿温泉に泊まる。 あっという間に5日は終わり、トンネルばかりを楽しんだ鉄道の旅だった。 老夫婦9組限定、介護ホームの団体のような雰囲気。 豪華なオーベルジュで心こもるおもてなしを頂戴した。 

   まさに冥途への土産、「冥途新幹線」と納得できた。


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 隠れ宿「財産目当ての森」  おくのほそ道 紅葉の旅


                       2021年10月26日〜30日

10月21日は葬儀に出席した。50数年前からの寝食を共にした親友の逝去だった。
寂しい旅になるだろう。亡き友の笑顔を偲びながら陸奥の紅葉を見てきた。 

月日は百代にわたって旅を続けて行くものであり、来ては去り去っては来る年々も、また同じように旅人である。舟の上に身を浮かべて一生を送り、旅人や荷物を乗せる馬をひいて生涯を過ごし、老年を迎える者は、日々が旅であって、旅そのものを常のすみかとしている。芭蕉の『 おくのほそ道 』

     


『おかえりモネ』のモネちゃんに会う。

最初は三陸海岸の気仙沼を訪れた。
2011年の東北大震災の津波で流された町である。
 

 

 


「あの時、大切な人たちと同じ場所と時間を共有することができなかった」

   「相手の痛みを思いやる」


これはモネちゃんの後悔の気持ちなのだ。素晴らしいドラマだった。


彼女のポスター写真だけで満足できた。

銘酒『男山』本店酒蔵は大正時代のレトロ調建物で復元されていた。

気仙沼の復興と繁栄を祈ろう。


 隠れ宿『果実の森』
本格的なオーベルジュ( Auberge)である。
そこの源泉かけ流し檜風呂は疲れた身体を癒す、やわらかいお湯であった。
全客室に檜内風呂が完備されていて部屋も綺麗で大きい。料理はフレンチ海鮮といえる。豪華な高級感たっぷりの時間を楽しめた。
貧乏学者夫妻にとり最後の晩餐になるだろう。

隣に普通の日帰り温泉があった。雰囲気は一変し日本の大衆浴場のようだ。
小さな劇場で大衆演劇が公演されていた。劇団「夢の旅」という旅芸人一座。
湯上りのお年寄り達がさかんに拍手している。おひねりを投げ込む姿も見えた。

これが、本当の隠れ宿『果実の森』といえる。



 猊鼻渓(げいびけい)の舟下り

これは読むことができない。地元観光の功労者、佐藤猊巌(さとうげいがん)に因む。何故、猊巌の鼻なのかよくわからない。猊鼻渓は、北上川支流の砂鉄川沿いに、高さ50mを超える石灰岩の岸壁が、およそ2kmにわたって続く。日本百景のひとつに数えられている。舟下りの折り返し点に大岸壁に突き出た「獅子(猊〜しし〜)ヶ鼻」があった。これが猊巌の鼻、「猊鼻渓」の由来なのだ。デジタル時代のスマホ人間の若者には読めない。漢字文化は衰退していくだろう。

 中尊寺の金色堂
帰り道、平泉の中尊寺の金色堂に寄った。中国人のように金箔や黄金は好みの色ではない。セピアカラーの中尊寺こそが陸奥の郷土色に相応しい。世界文化遺産という名所にも興味はない。西欧人は、なだらかな里山や素朴な日本を探し求めている。映画のセットのようでも良いから、藁葺屋根と障子、東北の苔むした古民家の村と里山を再現してほしい。


 定義如来
「定義する」という言葉は大好きだった。その昔、専門にした「概念理論」は物事をいかに抽象化するか、すなわち分類という概念をいかに定義する事から始まる。「定義理論」ともいえるだろう。

定義(じょうぎ)と読む。正式には「定義如来 西方寺」という。
如来様として多くの参拝者が訪れる。御祈祷を受けながら願掛けをするのが習わし。
境内には、山門、鐘楼堂、御廟「貞能堂」、手水舎、御守授所がある。なかでも総青森ヒバ作りの五重塔は厳かだ。
紅葉の最盛期だった。門前町に油揚げの名店があった。熱々の揚げたての油揚げに七味を振りかけて食べた。旨い旨い。
 

 



 作並のオーベルジュ澤井亭 

隠れ宿「財産目当て作並の森」という別名もある。オーベルジュとして隠れ宿『果実の森』と競うような名前である。そこは友人の名誉教授夫妻が経営されている会員制別荘なのだ。お二人の出会いは「財産目当て」の縁で熱く結ばれた。

誠に正直なお二人なのだ。お二人の願いは叶い、下記のアルゴリズム通りの結果になった。


  「財産目当て」X 「財産目当て」= 「お金持ち」

現在は全日空作並支局長も兼務されている。ただし全日空とは「」ての「」が「」いていること。 趣味は多彩。ジャズ喫茶めぐり、写真、ハイレゾオーディオなど。新型コロナ感染の時代になりナチュラリストへ変身された。

澤井先生は素敵なアルバムを眺めながら集中してLPを聴くのが憩いの一時であると信じている。

カメは、オーディオとは所詮「音を出す道具」であって主役は「音楽」と考えてきた。ところが清先生はまったく違う。真空管アンプやこだわりのスピーカーでハイレゾ音楽を楽しんでいる。さらに湯船の中でも Bluetooth対応防水スピーカーで音に溺れている。オーディオに生涯を捧げ、倒錯されてきた陶酔老人なのだ。

睦子女将の愛情のこもるホスピタリティは世界一である。松茸に始まる料理の数々の味は絶品。女将の力強い、華麗なお姿、ピザ窯を早朝から温める。運転ドライブの技。何から何まで見事に熟されている。

「財産目当て」の縁で熱く結ばれた作並長者夫妻からのおもてなし、これには心底嬉しくお礼申し上げる。隠れ宿「財産目当て作並の森」の御繁栄を心から祈りたい。

 

  芭蕉の『 おくのほそ道 』


 月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖(すみか)とす。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、去年(こぞ)の秋江上の破屋に蜘の古巣をはらひて、やゝ年も暮、春立る霞の空に白川の関こえんと、そゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず。もゝ引の破をつゞり、笠の緒付かえて、三里に灸するより、松嶋の月先心にかゝりて、住る方は人に譲り、杉風(さんぷう)が別墅(べっしょ)に移るに、草の戸も住替る代ぞひなの家 面八句を庵の柱に懸置。


  親友、「新太郎君」を偲ぶ陸奥の旅だった。ご冥福を心から祈る。

 



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