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       カナダへの旅 (その3)       カナダとレッドウッドのオーシャンコースト

 

 7月22日にようやく最終目的地のカナダ・バンクーバに到着しました。途中の寄り道は、ワシントン大学の学会への出席やシアトルの友人の訪問、そしてワシントン州の山々を楽しんだためでした。

 

国境を越えると、星条旗から真っ赤な「楓の葉」が象徴するカナダの国旗に変わりました。

その昔は英国のユニオンジャックを右上に付けていました。オーストラリアやニュージーランドなど英国共栄圏に属する諸国は今でも旗のどこかにユニオンジャックを付けていますが、カナダはユニオンジャックを廃止しました。旗の上では完全に英国から独立したわけです。ただし今でも英国の総督がいて、お国の代表はエリザベス女王陛下ですから、紙幣やコインには彼女の若き頃の美しいお顔を見ることができます。

 

カナダ人が嫌がることは、巨大な隣国である米国と混同されることです。例えば、ブリッテッシュコロンビア州やアルバータ州のことを合衆国を構成するアメリカの州であるかのように言われることです。

たしかに両国ともアングロサクソン文化を基にした英語圏ですから、国境を越えてアメリカのあらゆる情報が入ってきます。野球やバスケットでもアメリカと同じリーグを組み、一体感は強いようです。ただし、カナダ東部のモントリオールやケベックには多くのフランス系住民もいるので、言語と文化の違いによる分離独立の意識も無視できないようです。

 


  Vancouber

 

 車でシアトルからバンクーバまでは3時間 程ですが途中にはパスコントロールがありますから、そこで入国審査が必要になります。EUの西ヨーロッパでは国境通過はほとんどの場合、ノンストップですが、カナダ国境通過には大変時間がかかりました。あの2001年9月11日テロ以来、米国が厳しく国境管理をしている影響もあります。

約1時間の待ち時間で車の長蛇の行列ができました。私のような米国長期滞在者の場合は、観光ビザでなく、研究者ビザ(J2 IAP66)なので、特に厳しくチェックされました。どうやら私の髭面と人相も関係したと思われます。

 

アメリカではインターステートハイウェイ5を北上してきましたが、カナダに入ると国道99に変わります。そして、距離と速度表示はマイルからキロメータに変わり、日本人にとってわかりよくなります。

ところが制限時速80マイルを勘違いして、そのままカナダの道路を走ると120キロ相当になるわけで、スピード違反になりますから注意が必要です。

 

海から眺めるバンクーバは、サンフランシスコやシアトルの ように高層ビルが立ち並び大都会のたたずまいです。山々の緑と残雪が素晴らしい背景になっています。ダウンタウンはサンフランシスコのように道は狭く一方通行も多く、複雑 でした。

町を歩く人々は中国人が多く、街角の看板には漢字をどこでも目にしました。 香港の中国返還によって香港系中国人移民が急増したと聞いています。今ではVancouberのことを HongKongと組みあせて、Hongcouberと呼ぶそうですが、カナダ人は嫌がると思いますね。


  Halfmoon Bay

 

旅の最終目的地は、West Vancouberの対岸にある Halfmoon Bayと呼ぶところです。このあたりは多くの巨大な湾が複雑に入り組んでいます。まるで湖のように見えるのですがすべて海水です。

Vancouberの周辺には無数の島が点在し、さらに地形と海岸線を複雑にします。大きな島は、Vancouber島で四国よりも大きい島にはブリッティッシュコロンビア州都Victoriaがあります。

 

Halfmoon Bayへはフェリーボートで渡ることになります。周辺は、氷河で切り裂かれた湾で、ノルウェーにあるフィヨルドのような景色でした。2時間に一本の割合で行き来する130台も載る巨大なフェリーで約40分で対岸のGibsonsに到着しました。

 

Halfmoon Bayの周辺は、北国のカナダにしては珍しく温暖で、夏はSunshine coastとして多くの観光客でにぎやかなリゾート地になります。そこには優雅なリタイヤー生活を送る国際人の素敵な家々が緑と海に囲まれた場所に点在していました。

対岸のVancouber島の間には、波の無いStrait of Georgia の海峡があり、太平洋の荒波と厳しい寒さを防いでくれるのでしょう。

 

夏はリビエラや コートダジュールのような雰囲気になります。世界中からリタイヤー族がこの温暖な地に来て、気ままな老後を送るのだそうです。なかでも対岸のバンクーバ島にあるビクトリア市は、その人気では世界指折りの町です。英国風のソフィストケートされた建物とイングリッシュガーデン が美しい町です。

 

Halfmoon Bayとは奇妙な名前ですが、おそらくインディアンが呼んだ地名でしょう。たしかに夜には、大きな松島のような島影の上に美しく輝く「半月」を見ることができました。

 

私のカナダへの旅の目的は、藤川 正信先生にお会いすることでした。先生は、この景勝の地で優雅にリタイヤー生活を送る国際人のおひとりです。

私にとって藤川先生は、37年の長きにわたりご指導を頂く恩師です。

先生のお顔とお声にまじかに接すると、私は大学時代にタイムスリップし、含蓄に富む情報哲学、意味論、そして暴走族のはしりとおもわれる先生のドライブなど「古きよき時代」の想い出が浮かんできました。

 

私の研究スタンツは藤川先生による影響が大きいと思います。とても先生を超すことができませんでしたが、多くのことを先生から真似るようにしてきました。

 

芝生と大きな木々に囲まれた先生の書斎には、昔の大磯のご自宅と同じように天井まで届く大きな本棚と多くの書籍がありました。先生は、カナダのHalfmoon Bayでも永遠の課題、まさに宿命とも思える難題である「情報とは何か」、「知識とは何か」そして「人間の存在とは何か」、さらには「自分ご自身とは何か」を自問されているようにみえました。

 

藤川先生とのお話は、まさに一対一の個人教授を受けるような感じになり、「情報と知識」に始まり、現代の日本、そして日本の近世の時代区分における維新の再定義にまで及びました。さらに現代の日本とアメリカ文化論にまで発展し、白熱したものになりました。

 

私は、この日のために持参した私の研究成果である「記録情報学の再構築」 を持ち出し、藤川先生にご意見を頂戴しまた。藤川先生の論理展開と鞭撻に圧倒され、私は大いに知的刺激と新たな学問的未来にたいし希望を得ることができました。

その夜のHalfmoon Bayは実に穏やかで、半月を描き、宵闇の中で遠くの島々を見ながら、私は好物「蛎」を生で食べ、カナダ産の白ワインを楽しみました。カナダへの旅の目的達成感と藤川先生にお会いできた喜びで、酔いは実に心地よいものでした。

 


   オレゴンと北カリフォルニアのオーシャン・コーストの旅

 

 

カナダへの旅の帰り道にオレゴンと北カリフォルニアの太平洋海岸線の道を通りました。

オーシャンと北カリフォルニアにあるレッドウッドの巨木の森が見たくなったからです。

 

オレゴン州のユージンからルート128を西に行くと太平洋海岸の町、Florenceに行けます。この町の名前はイタリアの古都と同じです。そこからルート101を南下。オレゴンと北カリフォルニアの海岸線を進みます。

 

途中には、Reedsport、 North Bend、 Bandon Port、 Orford、 Gold Beachそして Brookingsの小さな町があります。かなりの距離なので時間がかかりオレゴン州の南端の町、Brookingsで日が暮れてしまいました。そこの小さな海辺のモーテルで一泊。

 

  オレゴンの海岸は砂浜があり、日本の海辺のようですが、カリフォルニア州の入ると深い霧に包まれた冷たい海になりました。北の冷たい海流が沿岸まできて、鯨が泳ぐ 冷たい海流の影響です。

 

 

 

  北カリフォルニアのオーシャンサイドの町は、Crescent Cityです。そこからルート101を南下するとEurekaの町に着きます。

この町の名前はラテン語で、その意味は、”I found it”、すなわち” 我汝を見出したり”ということです。いかにも情報検索的な言葉なので私は大好きです。

 

Eurekaの郊外には、レッドウッドの森 があります。Redwoodは樹齢が2000年を越すものが多く、その巨木の森に入ると原始時代の森林のようで、ダイナソーが登場するような雰囲気になります。

根元の大きな羊歯や枝にかかるもの様なコケなど、そこには巨獣の足跡が見つかりそうでした。

この巨大なRedwoodは、コロンブスがアメリカを発見する前から、数千年にわたり生き続け、アメリカの誕生と発展を見守ってきたわけです。

 

Redwoodの森を後にして、私はEurekaから山道の難所、ルート299を通り、内陸の町、Reddingに向かいました。途中、三つの大きな峠を越すジクザクな山道で3時間もかかりました。そしてサクラメントに着いたのは26日の午後5時でした。出発したのが18日でしたから9日間のドライブの旅になり、走行距離は、2,634マイル(4,214キロ)になっていました。

 

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