日本の旅 

 

    月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也      

        動画「傘寿の庭に薔薇が咲いた」(約5分)

     

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日本の旅 鵠沼・蓮沼 「カルガモ親子と朝の挨拶」 2024年6月15日

  "あそこの蓮の葉の下に隠れていますよ、"
   "本当に良かったわね、"
    "ついに一羽だけになりましたけれど・・、"
     "可哀そう・・、"

蓮池で早朝の挨拶は、カルガモファミリーの動向から始まる。

カルガモは親一羽、子一羽になった。
三羽の可愛らしいベイビーは親ガモに連なり泳いでいた。
ほんの一週間前のことだ。
カラスやトンビに食べられたのか。自然界は非情である。

藤沢鵠沼にある「蓮池」は憩いの沼である。
ラジオ体操で老若男女は、カルガモ親子の話題で朝の挨拶交わす。
犬連れのお年寄りは喜ぶ。朝トレの若者も喜ぶ。
みなさんは喜びを分かち合い大喜びになれる。
白鷺もコガモの行列泳ぎを眺めてきた。蓮池の小さな命を大切に見守っている。

赤い誠蓮(まことはす)と白い舞妃蓮(まいひれん)は開花が始まった。
蓮池はまさに市民の憩いの広場なのだ。
鵠沼を愛するみなさん、本当にありがとう。

(続き)

   ロ−タス効果に魅了された。 2024年7月14日


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日本の旅 水郷潮来 「いずれアヤメかカキツバタ」 2024年6月8日

   『舞扇』

「色留袖」をまとっていた。「いろとめそで」は祝い事に着る華やかな和服姿。
『舞扇』はハナショウブに付けられた名前である。
「旭丸」「蛍船」「美人桜」「金冠」「錦」など和風「ハナショウブ」は咲き競っている。

   「いずれアヤメかカキツバタ」

アヤメ、カキツバタ、ハナショウブはお互いによく似ている。
美女ばかり大勢いて見極めがつかない。

水郷潮来に「アヤメ」と「ハナショウブ」が咲き乱れていた。
江戸城にある絢爛豪華な大奥のような雰囲気の中で将軍様の時間を過ごした。

大奥の女性たちを束ねるのは、お局『舞扇』に違いない。
肌襦袢はどんな肌着なのかと近づいてみた。

「無礼者め !! 」

ふしだらな・・・・(御勘弁ね !!)

 


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日本の旅 富士本栖湖 「息をのむピンクの絨毯」 2024年4月26日

  「芝桜」
    地面に咲き誇る桜なのか・・?

     ピンクの絨毯を敷き詰めたように綺麗だった。

  

標高も高いので桜、「染井吉野」はまだ満開である。
小さな池の畔には恋のハートマークまで咲いていた。
愛らしく小さな芝桜の乙女。息をのむピンクに酔った。
セクシーピンクに包まれて富士山は世界一幸福なお山。
少し照れて、下半身を雲で隠していた。

      山梨県 富士本栖湖リゾート 「富士芝桜まつり」  2024年4月13日〜5月26日


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日本の旅 湘南二宮 「菜の花畑と雪の富士山」 2024年2月8日

   "菜の花畑に 入り日薄れ
     見わたす山の端 霞ふかし
      春風そよふく 空を見れば
       冬のひかり かかりて におい淡し"

                         (『おぼろづきよ』一部改ざん)

菜の花と真っ白な富士山
季節を告げる絶妙なハーモニー。

ここは湘南二宮にある「吾妻山公園」である。
標高136mの展望台下は一面、菜の花畑だった。
黄色な花が身の丈程まで大きく咲き誇っていた。

  

 遥かに雪を頂く富士山が美しい裾野を広げている。優雅でなだらかな美しい曲線である。 左には冬の太陽の下に真っ青な相模湾の海が穏やかに光り輝いていた。
二宮から国府津、小田原から真鶴半島そして伊豆半島の湾岸まで眺められる。反対方向には江ノ島から三浦半島まで広大な海岸線を描いていた。あれが江ノ島の灯台なのか・・
真ん中は、大観山、明神ヶ岳と湯煙の大涌谷など箱根の山々だ。
右には、足柄の金時山が小さく盛り上がっている。
中央は、ランドマークとなる名峰「富士山」。まさに世界一の美貌だ。
右方面は、秦野。その後ろには塔ノ岳、丹沢山、蛭ヶ岳そして阿夫利神社の大山まで見えた。50数年、湘南に住んでいるが「吾妻山」は初めての場所だった。

菜の花が群生し黄色のジュータンを引き詰めたようになり雪の富士山に春を告げていた

   

 2月の吾妻山公園は、3日前の大雪の影響もありまだ冬景色だった。
灌木や芝生に緑は見られないが、湘南の海はサンサンと降り注ぐ光に輝いていた。
あちこちに水仙が群生している。春になると真っ先に咲くナルシスト。桜並木が山道を取り囲んでいるので、4月の花見になると賑わうことだろう。 ソメイヨシノの芽は膨らんできたが、ケヤキなど大木はまだ丸裸で寒々としている。まもなく春本番。木々は新緑の支度に忙しい。

「孤高清節」 こんなコトバを思いついた。

 芝生の中央公園の丘に、見事な立ち姿の大木が鎮座していた。樹齢100年になるのか、深いシワのような木筋がある。名前は分からない。 緑の葉は一枚も残っていないから枯れ木のようにも見えるが、まるで古老の貫録がある。枝ぶりがバランスよく青空と雲を背景にし堂々とした風貌を備えている。端正な輪郭が浮かび上がる。 老大木であっても力強い品格。湘南の海と箱根と丹沢の山々、そして富士山を守護している武士のようだ。「孤高清節」こんなコトバを思いついた。
年老いても、このような清爽な威厳。そして締まった姿勢を見習うことにした。

 

 「菜の花畑と雪の浅間山」  2年前の軽井沢、2022年の5月だった。

菜の花畑で思い出すのは、信州佐久の「瀬戸の菜の花畑」である。
北に浅間山を望み、南に八ヶ岳から蓼科まで一望できた。
2022年5月18日だったから湘南二宮に比べると2カ月遅い高原の菜の花畑。

日本の菜の花畑は、どこでも早春の到来と「平和と幸福」を告げてくれる。

 


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日本の旅 浅草寺 「和服で着飾る異人さん」 2024年1月29日

  和服は、こんなにも人気があるのか(驚き)。

浅草寺の仲見世通りは、和服で着飾る異人さんで賑わっていた。
浅黒い肌のスリランカ人、スカーフを被るイスラム教徒マレーシア人、
金髪隻眼のデンマーク人。みなさん日本の伝統文化に酔っているようだ。
和服姿になり世界中から浅草寺にお参りに来てくれた。大歓迎である。
異国のコトバが飛び交い、様々なポーズを取り興奮し、はしゃいでいる。

  

派手な和服柄は華やかで上品であるから異人さんにもとても似合う。
やや太めの体であるが着付けは様になっている。素敵な後ろ姿だ。
首筋から肩にかけて大胆に肌を見せてくれる。
帯が緩んでいるので、なんとなく色っぽい。
日本の民族衣装、和服は世界の憧れ姿になった。

ウナギの名店で蒲焼を堪能し、こっそりと人形焼きを食べながらお参りした。

蒲焼好日の浅草寺だった。


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日本の旅 秩父初詣 「三峰神社の三ツ鳥居」 2024年1月7

 三峰神社の入り口は、3つの鳥居が組み合わさっている。
「三ツ鳥居」は、まず中央から左をくぐって、戻ったら右をくぐる。

鳥居の前には狛犬ではなくオオカミが鎮座している。
ヤマトタケルがこの地を訪れた時に、道案内をしたのがオオカミだった。
三峰神社の境内は至る所にオオカミの像がある。オオオカミ信仰の神社なのだ。

三峰神社は標高1,100mの山の上にある。「三ツ鳥居」の中央から遠くに「雲取山」が見えた。 甲武信岳、三国山、乾徳山、金峰山、瑞牆山、両神山など奥秩父縦走の山旅を懐かしんだ。 旧き友、集い語ろうは過ぎし日の旅、奥秩父の想い。
三峰神社の初詣で、心がリフレッシュされた。

   

   「秩父」は「知知夫」と綴られた。
「夫」を二度も「知」る。いい加減にしてほしい。
そう呼ばれたのは「ヤマトタケル」の伝説時代。

「秩父宮」や「秩父夜祭」など秩父という名前には気品がある。
「秩父セメント」という昔の会社を思い出した。
秩父の象徴「武甲山」は半分が欠けた哀れな山姿になっている。
北側斜面で石灰岩の採掘が盛んに行われた。石灰はセメントの材料。

最初に「秩父神社」で初詣した。そこは「知知夫彦命」を祀る。
御社は総漆塗りで極彩色と彫刻が施されており、煌びやかな彫り物が飾られている。

  「日光東照宮」と同じ左甚五郎作の三猿の彫り物があった。
「見ざる・言わざる・聞かざる」厳かな教訓として有名。
「秩父神社」の猿は、「よく見て・よく聞いて・よく話そう」
「お元気三猿」と呼ばれている。

高齢化日本に適したメッセージである。


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日本の旅 奈良 「南都奈良の修学旅行」 2023年12月17日

 奈良、7世紀の平城京は南都と呼ばれた。
65年振りの南都奈良「修学旅行」は、これで学びの旅を終わり「終学旅行」となるだろう。学んだ知識を奈良漬にする脳みそは残って無い。

猿沢の池で大昔の写真と照らし合わせた。真面目な高校生の顔である。
まず、思い出の階段を登り興福寺に行った。大化の改新、藤原鎌足ゆかりの氏寺。
興福寺と東大寺は僧兵が権力を握っていた。南都は、貴族や武家ではなく僧院勢によって支配された。遥か彼方に東大寺の大仏殿の大屋根が見えた。世界一の木造建築、大伽藍に驚愕した。大仏にお会いするのは30年振りになる。お変わりなく綺麗で立派なお姿だった。 12月中旬の奈良は寒風が吹き荒れて冷たい。若草山から下りてきた鹿の群れも寒そうだ。凍える手首はマフラーと厚手の手袋で備えた。町中がガラガラに空いていた。
中国、韓国、香港など東アジアの観光客はみんな若くて元気だ。鹿と戯れて、煎餅を食べさせて会釈を繰り返していた。彼らは、大仏に手を合わせて熱心に祈る。土下座する者もいる。いかにも中華風の作法だから面白い。彼らと仏は同じであるが神は違う。鳥居のある神社は日式(大和宗教)なので好まないようだ。

   

法隆寺で五重塔と回廊を歩きまわる。大きな木製の柱は大理石と違い質素であるがセピア色で木目が美しい。薬師寺の夢殿も貸し切り状態で静かだった。誰もいなくなった寂しい境内を時間をかけて見物できた。初めての春日大社は朱色の神社であった。門前の広場で神事として素人相撲が行われていた。

法隆寺と薬師寺。東大寺と春日大社。橿原神宮と飛鳥寺。長谷寺と室生寺。
3日で南都とその郊外を廻るという、ずいぶん欲張った奈良修学旅行だった。
「終学旅行」として十分に満足できた南都観光の日々。


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日本の旅 信州小諸 「仙石家の鎧武者」  2023年11月19日

 浅間山は、険しい剣が峰の後ろでなだらかな白装束をまとっていた。
まるで真っ白なマロン風味モンブランのような美味しい山姿。
北西方向には白銀の北アルプスの峰々が遠望できた。
槍ヶ岳の穂先は鋭く真っ白、キレットを挟み北穂高もクッキリと見えた。

   

     小諸なる古城のほとり
      雲白く遊子(いうし)悲しむ
       緑なすはこべは萌えず
        若草も藉(し)くによしなし
 

    島崎藤村の名詩『千曲川旅情の歌』をつぶやく。

 小諸城址はまだ紅葉が残っていた。 
戦国時代の鎧武者に囲まれた。小諸藩の仙石家の家来であるという。
仙石家は、美濃国出身の仙石秀久が豊臣秀吉のもとで大名になり、 江戸時代はじめに小諸藩を治めた戦国大名だった。隣町は上田、そこは曲者だった真田家の領地。

   

 火縄銃を持った武者から使い方を聞いた。 火薬を銃口から詰めて、銃弾をこめる。
そして火縄から手元の火薬に火を付ける。 これだけの操作だけでも1分程度必要。
しかも火縄は雨風に弱い。雨天や嵐の日は火縄銃の戦は不可能だ。
長篠の戦いは、火縄銃で勝敗が決まったというが本当だろうか。

 古城で食した「そば出し汁」は珍しい食べ方だった。
大盛にしてもらい新そばの味をすすった。


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日本の旅 奥只見と守門岳 「紅葉と白銀の世界」 2023年11月1日

   ものすごい豪華な紅葉。
黄金の山肌、そして紅を写す湖畔。

 奥只見湖は黄金一色だった。奥只見ダムが造り出した人工の紅葉ではないかと疑う。
それは現実だった。尾瀬ヶ原を源流とする只見川をせき止めて、大きな奥只見湖が出現した。 紅の湖畔を遊覧船は静かに進んだ。只見川は尾瀬の至仏山や燧ケ岳から流れて来る。 水芭蕉の美しい池塘。さぞかし水は甘露に違いない。

 奥只見は複雑な山岳地域である。新潟県、群馬県、福島県に跨っている。
尾瀬ヶ原の裏で越後三山と会津の山々にに囲まれた山奥。
山々から無数の河川が源流となり谷間を流れていく。
只見川や黒又川などに注ぐ。水力発電には最適な地形なのだ。

   

(奥只見湖の絶景ポイントから撮影。黄金の紅葉を強調した。第一只見川橋梁を遠望する場所で鉄橋を渡る列車が川面にどのような姿になるのか、待ち構えた。)

奥只見湖の価値について勉強した。
その人造湖の面積は約11.5km2、貯水量は約6億トン。 東京都の小河内ダム(奥多摩湖)や富山県の黒部ダムの約3倍になる。 奥只見水力発電所の出力は国内最大の56万kW(約18万世帯の生活電力に相当)である。 驚いたのは、「黒4ダム」よりも強力なことである。しかも半世紀以上前1960年に完成したこと。
日本は高度成長期で良き時代だった。

 

  (観光地図であるが複雑な奥只見の地域を的確に表わしている。60年前に登った豪雪の守門岳を見つけた。)

 只見線は、福島県の会津若松駅と新潟県の小出駅を結ぶ全長約135kmの路線。只見川に沿ってゆっくりと走る。 雄大な山々が美しい。いくつもの鉄橋とトンネルを抜けて奥会津へと進む車窓からの風景。 只見川が水鏡となって風景が川面に写る姿や、水面から川霧が立ち橋梁を包む幻想的な景観が見られるという。
第一只見川橋梁は、大渓谷と鉄橋を渡る列車が川面にどのような姿になるのか、待ち構えた。待つこと20分。
二両連結の気動車はやって来た。紅葉に包まれた橋梁をゆっくりと渡った。その姿が水面にクッキリと写っていた。

秘境ならではの、これぞ日本の圧倒的な原風景、「Cool Japan !!」と叫んだ。

続き

  これは同じ奥只見の話。そこは白銀の世界だった。

 


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日本の旅 信州・須坂「紅葉の米子大瀑布」2023年10月22日 

 

 紅葉が真っ盛りのカルデラ絶壁に二つの滝が流れ落ちていた。水しぶきは霧状になびいて巨大な屏風の錦絵のように遠望できた。

二条の真っ白なレース

 「米子大瀑布」は、信州・須坂の山の中にあった。日本の大瀑布といえば、「日光の華厳の滝」を思い出すが、「米子大瀑布」とは、いささか大げさな表現である。水量は少ないせいか太い糸のような流れが落ちている。落差89mの「不動滝」、その後ろには落差82mの「権現滝」が見えた。二条の真っ白なレースのようにも見える。小さくても絶壁が広いので、なかなか迫力があった。

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熊よけの小さな鐘

 老夫婦は紅葉に誘われてヨタヨタと登り始めた。熊よけの小さな鐘が道標にぶら下っていた。80歳代の老婆が襲われたそうだ。熟女に熊は振り向きもしないという。熊の相手は人間とは逆なのだろう。しばらく渓谷を進むと吊り橋があった。人数制限があり一人ずつ渡れと書いてある。一歩一歩慎重に重い足を渡す。清流が岩に当たり冷たそうだ。

修行者の「みそぎ場」

 米子大瀑布は、四阿山の火山カルデラの絶壁に流れ落ちる。四阿山は上州の高峰山や黒斑山など浅間山系から眺めるとなだらかな独立峰に見えるが信州・須坂からは切り立った絶壁になっている。根子岳に通ずる登山道も見つけた。菅平の真後ろに米子大瀑布は位置しているわけだ。

 米子大瀑布は信仰の山である。二つの滝の間に不動尊(奥之院)が祀られている。滝は古くから修行者の「みそぎ場」になっている。日本の山岳信仰は、素朴で清く、どこでも自然と一緒で厳かである。真っ赤に燃え黄色に飾られた米子大瀑布は綺麗だった。

 


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日本の旅 富山「西田美術館のFUJICO展」 2023年9月22日

富山県上市町にある西田美術館へ行ってきた。
薬草を描く橋本不二子展(FUJICO展)を鑑賞するためだ。
美術館から「剱岳」を遠望できた。懐かしい青春の立山連峰。

 剱岳
上市町の馬場島から早月尾根が一直線に剱岳(2,999m)まで延びている。
富山県上市町は、立山連峰の雄大な「剱岳」の山麓に広がる、緑深く水の旨い町である。

    

 「西田美術館」
売薬の行商人は日本全国を歩き回り越中富山の「反魂丹」を有名にした。
上市町にある富士化学工業は、薬の富山を代表する製薬会社の一つである。
創業者は、「西田安正」で私の母方の叔父にあたる人物。
西田美術館は、工場の敷地内に建っている。その前には「西田安正」の銅像があった。
生前のお顔にあまりにもそっくりなので銅像に会釈した。

 水彩画家「FUJICOさん」
FUJICOさん(橋本不二子さん)は水彩画家として有名、バラなど花々を描いてきた友人。 今回は、売薬の故郷、富山に因み薬草を描くことになった。珍しいことだ。
薬草は生薬として数多くあるが画題としては色彩も乏しく地味になる。
ナンテンの実など自然に生きる樹々や草花は水彩画として描くことが難しい。
学術的なボタニカルアートになるおそれもある。図鑑の絵に芸術性は見られない。
FUJICOさんの薬草水彩画はまったく違っていた。さすがにアイディアある女流画家。

見事にアレンジメントされ素敵な花瓶にいけられて、薬草と思えない優雅な姿になっていた。 展示されている50数点の作品は、どれもこれも華やかな水彩タッチで生き生きと力強い。 ナンテンの赤い実が薬草水彩画の目の前に置かれていた。薬草の効き目を表しているようだ。素晴らしいFUJICO展だった。

    

 霊山「大岩山日石寺」
上市町にある大岩山日石寺は、古くから不動明王の霊場とされているお寺である。 大きな杉林に包まれた寺内には磨崖仏をはじめ、三重の塔、山門、六本滝など数々の仏跡が点在している。
「滝打ち修業」は有名だ。真冬でも真っ裸になり冷たい滝に打たれて修行する。

 「そうめん」の丼
大岩不動は真言密宗の寺として創建(725年)された古刹である。立山連峰を拝む山岳信仰の一端の修業寺として繁栄してきた。
加賀・越中を治めてきた前田家の祈願所にもなっていた。不動明王の岩から湧き出る『大岩の藤水』と呼ばれる水は、「とやまの名水」にも指定されている。
名水の中に「そうめん」が冷やされていた。そして山菜と「イワナの塩焼き」を食べた。
素朴な丼に盛られたそうめんの珍しい食べ方である。美味かった。
高岡の友人夫妻と仲良く宴を楽しんだ。


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日本の旅  姫路城 「千姫の白鷺城」  2023年9月12日

生まれて初めての姫路城。
貸し切りされたように姫路城を独り占めできた。

世界最高の木造宮殿
これは城ではなく、木造建築による最高の宮殿ではないかと感嘆した。
内部は砦としての構えであるが、外観は真っ白な御殿のようで非常に美しい。
ドイツ・バイエルンのノイシュバンシュタイン城も美しいが、絶壁に建つ冷たい石の建造物。
ベルサイユ宮殿には壮大で西洋風の庭が展開されているが、自然の美は全く感じ取れない。

    

巨大な盆栽
姫路城は城ではなく、美しい宮殿といえるだろう。まさに世界最高の木造建築である。
天守群を中心に、櫓、門、土塀等の石垣、堀などの土木建築物が見事に調和している。
防御に工夫された城郭の構造を見ることができるが、戦いのためではなく日本独自の武者の飾り物。
日本の文化・芸術、歴史と哲学、そして自然と造園までも圧縮されている美術品といえる。 そして姫路城は巨大な盆栽のような景観である。
 「Cool Japan」と叫んだ。

    

千姫のお城
美女、千姫のゆかりの場所はないものかと歩き回った。
化粧槍から続く「百間廊下」で千姫の衣装と絵姿を見つけた。
千姫は祖母のお市の方の聡明さと美貌を受け継ぎ、大変な美人であったらしい。
お市の娘さん達は、茶々(淀殿)、初(京極)、お江の三人とも美系姉妹だった。
千姫はお江を母として1597年(慶長2年)に生まれた。
そして、1603年(慶長8年)わずか7歳で従兄(茶々の子)である豊臣秀頼と政略結婚させられた。
ところが、1615年(慶長20年)の大阪夏の陣で秀頼は自害し、豊臣家も滅亡した。
千姫は18歳の未亡人となった。悲劇の姫君になるのか、そうではなかったようだ。
その後、桑名の殿様、本多忠政の長男、忠刻と再婚した。
二人は幸福な夫婦として生涯を閉じたという。1617年(元和3年)になり約30万石に加増された本多家は、姫路城を見事に仕上げた。


白く美しい白鷺城と呼ばれる姫路城、残暑の入道雲の下で輝く天守閣を望みながら、
美しい千姫の波乱に満ちた生涯に思いを馳せた。

 


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日本の旅  「燃えろよ、炎よ燃えろ」  2023年7月28日〜30日

   KWV三田会夏合宿   八ヶ岳唐沢鉱泉

老若男女のワンダラーは八ヶ岳の麓に群がった。総勢104名。

キャンプファイヤーの炎。真っ赤に燃える大きなマキの束だった。
燃え上がるファイヤーストームを囲み、肩を組み合って歌った。
夜空に響き渡る懐かし山の調べの数々。

    燃えろよ燃えろよ
     炎よ 燃えろ
      火の粉を巻き上げ
       天まで 焦がせ

    照らせよ 照らせよ
     真昼の如く
      炎よ 渦巻き
       闇夜を 照らせ

2023年のKWV夏合宿は、八ヶ岳唐沢鉱泉を貸し切り、7月29日に開催された。
3年ぶりにファイヤーストームを満点の星空の下で楽しむことができた。

  "遠き山に陽は落ちて 星は空を散りばめぬ
    今日の業をなし終えて 心軽く安らば
     風は涼しこの夕べ
      いざや楽しき まどいせん"

この山歌のコトバどおりだった。感無量の境地、寒いくらいだ。

分散山行のリーダーは小林正衛(S43)、そしてサブリーダーは山中泰彦(S44)、安藤潔(S52)の三君。
正衛さんのホンワカとした心温まるガイドに導かれた総勢16名。
超高齢者であるが、八ヶ岳の霊峰の下ではみなさんは、はつらつとした姿だった。

プラン名は、「霧ヶ峰・美ヶ原中央分水嶺スポット散策」
分水嶺トレイルの穴場スポットをドライブし、北ア、中央ア、南ア、八ヶ岳の眺望を楽しみ、旧交を温め合うという企画。

初日は、上田を出発して信州立岩和紙の里で信州そばの昼食、和田宿に立ち寄り美ヶ原に向かう。牛伏山を往復し三峰茶屋で休息した。 なお、八島湿原と霧ヶ峰自然保護センターに行ったグループもあった。好天であったが蒸し暑く、雷雨も経験できた。

二日目は姫木平ペンション「アルペンフローラ」を出発して車山山頂から、南アルプス、中央アルプスと御嶽山など懐かしの山並みを展望。あの甲斐駒の鎖場で苦戦した想いで。
昼食は女神湖で天ぷらそば、長門牧場でソフトクリームなどを堪能するグルメ山旅でもあった。肥満や高血圧、糖尿病など加齢病の数々なぞ怖くない。余命は決められたのだから開き直り貪欲に生き抜いていこう。ファイヤーストームの炎は、励みになった。

 ● スライド動画(約2分)

 https://youtu.be/iADaddIvNHA

●謝辞
アルペンフローラの花々の美しさは素晴らしい。そしてオーナー夫妻のホスピタリティに心から感謝したい。 ガーデンニング大好きなカメにとりお二人のライフスタイルに惚れた。
それからマサエ夫人の手作りされたキュウリ揉みの味は最高。さらに見事なトマトの味。
奥方様の御支援に心から感謝したい。

●過去のアーカイブ

(1)  大町 「過ぎし日、山の想い」   2022年7月22日

https://saitotac.jp/YTkwv2022Face.htm

(2)  大町温泉郷 (2班の記録) 

https://saitotac.jp/YTkwv2022.htm

(3) KWV夏合宿 集合  2019年7月25日

https://wni30fioix9p.blog.fc2.com/blog-entry-13.html

 

 


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日本の旅  八島湿原 「霧ヶ峰は黒ヶ峰」2023年6月1日

久々に霧ヶ峰を訪れた。なだらかな丘陵が続き、春には新緑の草花が高原をすっぽりと包み込む。 5月下旬には、コバイケイソウ、6月中旬にはレンゲツツジ、そしてニッコウキスゲなど高山植物が見頃を迎える。

ところが、霧ヶ峰は真っ黒な山肌になっていた。まるで黒ヶ峰なのだ。野焼きの痕のような醜い草原に驚愕した。 出火したガボッチョ山周辺は一面黒く焼け跡が広がっていた。呆然とたたずむ。
悲しんでいたら、車山の近くで火災で葉が白くしおれたショウジョウバカマはピンク色の花を咲かせていた。
まもなく霧ヶ峰は真っ黒から緑の園に戻るだろう。自然の回復力は素晴らしい。

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霧ヶ峰らしく緑の草原と森が続いている。赤岳に連なる八ヶ岳連峰の右には富士山も見えた。 八島湿原は朝靄に包まれていて、その名のとおり「霧ヶ峰」という雰囲気ではないか。 しばらくすると霧はなくなり青空が見えた。広大な草原と大きな空が現れた。
北側にはカラマツ林の向こうに北アルプス連山を一望にできる。
常念、槍ヶ岳、キレットをはさみ奥穂や前穂、西穂まで見えてきた。

霧ヶ峰は日本アルプスの展望台である。
南東に南アルプスの山々、仙丈、甲斐駒、北岳と間ノ岳、鳳凰三山の横には富士山まで。 まじかに八ヶ岳の山並み。その最後は乳房のような蓼科山が横たわる。 60数年前には、これらの山々を登った。


霧ヶ峰では、青春時代を物語ってくれる懐かしい山々を楽しめる。


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日本の旅  蓼科 「傘寿の森に集う」     2023年5月28日

     KWV41年キチ会 傘寿合宿

         蓼科 「テラス蓼科」  2023年5月24日〜26日

                 http://www.terrace-tateshina.com

キチ会 傘寿合宿のお誘い       

2023年3月に幹事である見谷君、島田君そして炭竃君から下記の知らせがあった。 

2年半前に計画していた喜寿合宿はコロナ禍によって延期を余儀なくされましたが、 この度、標記キチ会傘寿合宿に衣替えして開催することになり、下記の通り、ご案内いたします。

実施期日  2023年5月24、25、26日(水、木、金の2泊3日)
宿泊場所  「テラス蓼科」 源泉かけ流し、八ヶ岳展望露天風呂
行動予定  5月24日 午後3〜4時、テラス蓼科集合。
5月25日 2つの分散コースから各自が選ぶ

1、サントリー登美ヶ丘ワイナリー見学 
2、横岳ロープウエイからのアルプス展望&or白駒池散策

傘寿の森の精は「ChatGPT」だった。

「テラス蓼科」は傘寿の森になった。そこに森の精が待っていた。

森の精が現れた。
ボッティチェリの名画『プリマヴェーラ』として描かれる三人のうら若き乙女達に実によく似ている。 乙女はささやく、私の名は "チャットジーピ−ティ−なの・・・"、
いかにもイタリア語的な響きなので素敵な名前であると感激した。耳はかなり遠くなっている。 あらためて文字で書いてもらった。すると乙女は「ChatGPT」と綴ってくれるではないか。

森の精「ChatGPT」は、傘寿合宿が開催されたことを喜び祝辞メッセージを創り出してくれた。 傘寿80歳になった老ワンダラーに対し心温まる優しいコトバであった。 77777盛大な「傘寿パーティー」が始まった

大きな窓から眺める蓼科の自然。傘寿の森になった豪華なテラスハウスで、 展望露天風呂につかり八ヶ岳連峰を眺めた。傘寿合宿の山行と宴会を動画アルバムにまとめた。2023年5月24日〜26日の記録(約2分)

 

  (続き)   ChatGPTから祝辞  

 


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日本の旅  琵琶湖・竹生島 『琵琶湖周航の歌』  2023年4月25日

白髭神社の湖中に建つ鳥居の先に伊吹山が遠望できた。

   "われは湖(うみ)の子 さすらいの
旅にしあれば しみじみと"

『琵琶湖周航の歌』の題材となった琵琶湖を訪れた。
なかでも歌詞4番は大好きな風景を映し出す。

   "瑠璃(るり)の花園 珊瑚(さんご)の宮
古い伝えの 竹生島(ちくぶじま)"

竹生島は神の棲む島とも言われる。
宝厳寺の仏の御手に抱かれた弁才天のお姿を拝んだ。

   "仏の御手(みて)に 抱(いだ)かれて
眠れ乙女子 やすらけく"

    444

琵琶湖の周辺には、信仰の対象となった島や山々があり、神社と寺が多数造られた。
比叡山から近江神宮、三井寺、石山寺、近江八幡、太郎坊宮まで回り、 途中、豊満神社、大通寺、多賀大社を巡礼した。 近江は、伝説と神話の国である。
大きな湖水を囲む水辺の豊かな地。新緑で輝いていた。

   

続き

  三高の有名な寮歌は吉田山を題材にした「逍遥の歌」だろう。


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日本の旅  小諸   「遊子(ゆうし)悲しむ」   2023年4月13日

 

  "小諸なる 古城のほとり
    雲白く 遊子(ゆうし)悲しむ"  (島崎藤村 )

 

この古城は、「小諸城址」ではなく、「富士見城址」である。
小諸にあるが、街並みを一望できる飯綱山(標高およそ800m)にある山城。

気になることは、「遊子(ゆうし)」
これは旅人のこと、つまり我々自身の姿といえるだろう。
今年は2月の河津桜に始まり、染井吉野から4月の飯綱山の枝垂れ桜まで
桜さくらに酔う春だった。見納めは、「小諸八重紅枝垂」。
老遊子の見納めになる桜吹雪を愛でた。

777

桜色はピンク、枝垂桜はさらに妖艶なピンク。優雅な十二単衣(じゅうにひとえ)を着た平安貴婦人の姿。 桜の宴の彼方に見える浅間山は横たわるビーナスではないかと妄想した。

4月13日は、中国からの贈り物「黄砂」によって浅間山麓の空は一面、春霞のような濁った大気に包まれていた。 それでも浅間山はかすかに見え、山頂には水蒸気の白い煙も確認できた。 まるで「黄砂」を警報する狼煙のようだ。

新設された洒落たワイナリー・レストランからは遠くに駿河の富士山も遠望できた。
二人の老遊子はワッフルとコーヒーを堪能した。    

   「黄砂に遊子悲しむ」

 

(動画と音楽)
2022年4月16日に同じ場所、「飯綱山」を訪れ、動画も作った。

音楽は、 「春の日の花と輝く」(英国民謡) 約1分。


               

 

関連コンテンツ  

 日本の旅 伊豆 「河津桜や、いちめん菜の花」 2023年3月1日 

● 日本の旅 小諸 「さくら吹雪の浅間山」 2022年4月16日

 


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日本の旅  「火の国」 温泉と地獄  2023年3月14日〜16日

九州は「火の国」なのだ。温泉と湯煙に包まれた温泉池「地獄」が各地に見られる。 60数年前に修学旅行で初めて、長崎、島原から熊本に行ったことがある。
1946年に中国・青島から引き上げ船に乗り、佐世保に上陸したこともあった。
まるで覚えていないがLSTと呼ぶ米軍の上陸舟艇だった。貴重な戦後体験。

福岡、佐賀、鹿児島、宮崎など何回とも訪れたが、阿蘇と別府そして高千穂は行ったことがなかった。それから湯布院も見たことがない。九州は広い。


今回は西九州の旅と題するツアーに参加した。
3月14日は国東半島にある大分空港に飛び降りた。そこから由布岳の麓にある湯布院に向かった。 韓国やタイなどアジアからの観光客で賑わっていた。
別府の透き通るような温泉に泊まり、翌日は九重高原を進み阿蘇の大カルデラ大地を進み、高千穂を観光した。 コバルトブルーの高千穂峡は神話の故郷である。

3日目は熊本城を見物して有明海をフェリーで横断し島原半島の雲仙温泉で疲れを癒した。さらに諫早から西九州新幹線に乗り武雄温泉に行き、吉野ケ里遺跡までも見学した。

吉野ケ里遺跡は「邪馬台国」の出現かと騒がれたもので弥生時代後期の墳丘墓。弥生時代後期とは、西暦紀元前1000年から紀元前901年までの100年間を指す。その頃は紀元前993年にダヴィデ王がヘブロンからエルサレムに遷都。紀元前991年頃にはエジプト第21王朝の王プスセンネス1世が死去した。極東アジアの日本は有史以前の未開の地だった。あらためて歴史を学ぶ旅となった。

  大変欲張った老夫婦の九州修学旅行だった。

 


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日本の旅 有明海  「カモメの水兵さんに襲われる」   2023年3月16日

まるでヒッチコック映画『鳥』を思わせるような無数の水鳥が襲ってきた。
近づくと優しいカモメの姿だった。
エビセンを餌にしたところ飛びついてきたのだ。

可愛いカモメの水兵さんのようにも見える。
真っ白なセーラー服が実に良く似合う。
優雅な飛行姿はとても美しい。

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翼を広げる、空中に一瞬たたずむ、餌を摘まむ、
両足を出して着地する、様々なポーズを形作ってくれた。
船のまわりは、カモメの水兵さんの演芸会の海になった。

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(恐る恐る、エビセン餌を差し出すとカモメ水兵さんは摘まんでくれた。手乗りカモメの名演技だ。)

島原半島・普賢岳の向こうに夕日は輝きながら沈んでいった。
九州・有明海でカモメに歓迎された船旅を楽しんだ。

 


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日本の旅  水戸 「偕楽園で水戸黄門様と出会う」   2023年3月20日

三大名庭園のひとつ、水戸の偕楽園で水戸黄門様に出会った。
天下の副将軍といわれる歴史的有名人である。
紫の頭巾をかぶり、黄色の衣装に身を包み、紫の羽織を着ておられた。
御一緒に写真をお願いしますと、語りかけたところ快く承諾してくださった。

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葵の三つ葉を記された印籠まで貸していただけた。

「これが見えぬか、無礼者」

「天下の副将軍の実印である」

と助さん、格さんは懲らしめで唸る。
水戸光圀は大変畏れ多いが、黄門様は気さくな人柄だった。
晴天に恵まれた暖かな偕楽園の梅は満開。広々とした梅園は梅の香りに満ちていた。
三人の若き生身の梅美女に取り囲まれて、まるで天女と過ごすような極楽梅園を楽しんだ。


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日本の旅 東京  国賓「赤坂離宮と浜離宮」 2023年3月3日

3月3日はひな祭り、女雛人形は80歳の老婆になる。
その日を記念して赤坂離宮と浜離宮を貸し切った。
国賓になった気分。

儀仗兵も誰からも歓迎されない正門広場で老婆は寂しげにたたずんでいた。
貧そなジーパン姿は国賓として日本の威厳を損なう。素泊まり国賓なのでドレスコード無視。
改装された内部は豪華で、まるでベルサイユ宮殿のようなフランス様式で煌びやかだった。

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赤坂離宮は西洋趣味に完全に染まったイミテーション宮殿であった。
何処にも日本的な御殿の雰囲気を感じ取ることができなかった。
さらに内部は西洋かぶれで「和」の様式はまったく無い。悲しくなった。
裏に周ると、立派な黒松が数本植えられていた。
よかった。黒松は「Cool Japan」を特徴付けてくれた。

園遊会は浜離宮で厳かに執り行われた。来賓は、「菜の花」と「黒松」、そして「梅の花」だった。
浜離宮は周囲を摩天楼に取り囲まれていて、「和」の雰囲気を感じ取ることができない。 しかし、木造の和式茶屋と黒松は、「Cool Japan」を特徴付けてくれた。

赤坂離宮と浜離宮を貸し切り独占できたことは「国賓」になった気分で愉快だった。

赤坂離宮は、図書館だった。
戦後の昭和23年(1948)〜昭和36年(1961)まで、
「国立国会図書館赤坂本館」と呼ばれていた。隠れた歴史といえる。

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「本を読む人」と題する貴重な写真がある。
女性達の姿はスリムで素敵だ。昭和レトロの良き時代。
男性は蝶ネクタイを付けて読書している。

晩餐会が催される「花鳥の間」に書棚が置かれて、
閲覧室になっていた。レファレンスブックも並べられている。
こんな豪華なシャンデリアの輝く宮廷図書館は世界では非常に珍しい。

 


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日本の旅 伊豆・河津町 「河津桜や、いちめん菜の花」 2023年3月1日

  伊豆の河津町で「河津桜」のトンネルを楽しんできた。
河津川にそって「河津桜」の並木が約3kmも続く。
「河津桜」の樹の下は、いちめん「菜の花」のお花畑だった。

  

黄色い可憐な「菜の花」は、「河津桜」の咲き誇るピンクの花を温かく包み込む。
真っ青な空と白い雲を背景に、満開となった淡いピンクの「河津桜」。
その下に黄色のジュータンを敷き詰めたように広がる「菜の花」。

   「河津桜や、いちめん菜の花」

幹から顔を出した花びらに濃厚接触してみた。
一重咲きで4cmから5cmの小さな花、花弁の色は紫紅だった。


「もうすぐ春本番だよ」と告げられた。

   

 イチゴ、食べ放題

もちろん制限時間付、わずか30分勝負だった。
真っ赤で大きなもの、いかにも美味そう。
手荒くもぎ取り、ガムシャラに食べる。意地汚い。
中ぐらいで姿形がシッカリしたイチゴを狙う。
これが実に身が締まって甘い。まるで夢の中の女性のようだ。

ストロベリーと生クリーム。子供の頃の憧れだった。
唸るような触感、ショートケーキが食べたくなった。

グリーンハウスを管理しているベトナム女性に感謝した。

品行の悪い日本人老夫婦に、呆れていた。

 


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日本の旅  会津磐梯山 「あしなが爺さんと婆さん」 2023年2月17日

オーストラリアやタイなど外国人スキーヤーでにぎわっている磐梯山のスキー場。
真っ白なゲレンデに黒い巨大なシルエットが浮かび上がった。
あしなが爺さんと婆さんの影だった。

     ストックも握らず呆然と立ち止まっている姿。

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老夫妻はスキーも付けずヨタヨタとゲレンデを徘徊していた。
「あしなが育英会」からお世話されている介護人だろうか・・・?
雪景色の美しい会津鉄道に乗り、ハートマークと赤いリボンを頂戴してご機嫌な老女。
春まだ遠い会津で雪と温泉を楽しんだ旅だった。

関連する記事

信州菅平 「雪上ハイキング」 2023年2月14日

 


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日本の旅  菅平 「雪上ハイキング」  2023年2月14日

  「雪女のゾンビ」 ??

     両手を上げて恐ろしげな妖怪姿だった。

    「雪上ハイキング」の途中に出会い、怖かった。

雪上ハイキングは、その名前のとおり雪の中を散策することである。ハイキングとは少し誇張している。目的もなく雪中を彷徨うという遊びに過ぎない。スキーやスノシューなど専門的な冬道具は一切身に着けない。ゴム長の雪靴で十分である。

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老夫婦は仲良く二人だけで菅平で雪上ハイキングを楽しんだ。菅平は氷点下10度の白銀の世界。その日は吹雪もあり天候は最悪だった。

無人の雪原は一面灰色。色彩はモノクロ、水墨画のような和風の雪世界。晴天の雪山と違い、灰色一色で落ち着いた厳しい冬山の姿を見せてくれた。雪原はどこまでも灰色、白樺の樹氷も灰色、空も灰色だった。
80歳になった老夫婦でも、こんな厳冬期の冬山を手軽に楽しむことができた。もちろん車はスタッドレスタイヤで冬道装備。

  菅平の「雪上ハイキング」、 「雪女のゾンビ」との出会い、

   新しい発見だった。

関連する記事
美ヶ原 「白銀のビーナスの丘」   2023年1月27日

https://saitotac.jp/YTutsuKushi.html


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日本の旅  伊豆大島 『アンコ椿は恋の花』  2023年2月2日

伊豆大島を鵠沼海岸から江ノ島沖に眺めていた。
一度は行ってみたいものだ。
「三原山」がそびえる大きな火山島である。

  『アンコ椿は恋の花』は好きな演歌だ。
アンコ椿の舞台となった情念の島とは、どんな場所なのか。
アンコ美人に会ってみたい。
アンコの意味がよく分からなかった。
アンコとは伊豆大島の方言で、「お姉さん」のことであると知った。

江ノ島から臨時便がでるというニュースを手に入れた。
近所のヨットハーバーから伊豆大島に簡単に行ける。
便利な時代になったものだ。
湘南江ノ島港からジェット船に乗り、
僅か50分で伊豆大島の岡田港に到着した。
憧れのアンコ美人と御対面できることになった。

    

      (出典 ジェット船の模型  東海汽船のホームページから転載)

ジェット船は、ジェットフォイル (Jetfoil)と呼ばれている。
当初は軍事用船舶として開発され 、1977年 に旅客船として採用された。
もともと海兵隊を運ぶ上陸用高速艇として設計されたものだった。

似たような高速艇としてホバークラフトを見たことがある。これは海面から浮上する。

  

     (出典 ジェット船の原理  東海汽船のホームページから転載)

ジェット船は、海面をのんびりと進む船ではなく、飛ぶように進む。
ジェット機のような姿で波間を飛んでいく。まるで飛び魚のようだ。

   伊豆大島の椿は満開だった。
初めて知ったのは「椿」の文字の云われ。
木に春と書くという椿の文字は日本製の漢字である。
椿の美しい花は冬になっても葉を落とさず青々と茂る。
神秘の椿は日本人にとり、工芸や文化に不可欠なアイテムとなった。
アンコ椿の可憐な花びらと香りに酔った幸せな一日を過ごした。

 


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  美ヶ原 「白銀のビーナスの丘」   2023年1月27日

   「八甲田の雪中行軍」
初日は雪雲に深く包まれ、強い寒風もあり粉雪もチラついていた。
分厚い手袋の中でも手先は冷たく、感覚がなくなった。
凍傷寸前のような痛み、ストックは上手く握れない。

   "冬山はやめよう !!"

これでは、死の雪中行軍になる。あきらめの境地になった。

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    「白銀のビーナスの丘」
二日目早朝、朝日が美しい。中央アルプスの彼方に燃えるような太陽の輝き。 興奮して小屋を飛び出した。吹雪も終わり、快晴になるだろう。

美ヶ原から霧ヶ峰を通り蓼科に続く道は「ビーナスライン」と呼ばれる。
「ビーナスライン」の名は、蓼科山の山容を「ビーナス」に例えたことに由来する。

やや無理がある愛称と思えるが、穏やかな山並みが少しずつ高くなる。
標高2000mまでに広がりを見せてくれる。優雅な美しい山と高原の曲線。
横たわるビーナスラインだろうか・・・。妄想する。

    

蓼科辺りは「美の女神」のお顔のようにも見える。
ボッティチェリの名画『ビーナスの誕生』を想う。美しさを追求している。
真っ白な雪原となった美ヶ原は、「白銀のビーナスの丘」ではないのか・・・。

   女神のために頑張ろう !!!

「白銀のビーナスの丘」をスノーシューで徘徊した。

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美ヶ原は王ヶ頭(2034m)を中心とした標高約2000mの溶岩台地である。 晴れると富士山、八ヶ岳、北アルプスなど360度の大パノラマが楽しめる。二人の80歳の老登山家は寒さに震えながら「白銀の ビーナスの丘」のベリーボタン(おへそ)まで到達した。これで十分満足できた。

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「白銀のビーナスの丘」は広大である。遥か右前方に、二人の老人の姿は米粒のように見える。迷ってリングワンデリングしている。快晴になり雲と雪原が交わっていた。標高2000mの高原は夏には牧場になる。

  天と地が一体になった。
真っ青な空が見えた。雪原を進むと雲海まで続けて歩いて行ける。 天国までスノーシューで登れそうだ。亡き母や友人など故人にも会えるだろう。

      女神に感謝した。

続編 完結版「白銀のビーナスの丘」(2023年1月27日〜28日)
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名古屋城  「本丸御殿の襖絵」とテクノレディ   2023年1月16日

久々の名古屋、28年もご無沙汰だった。
名古屋駅は激変し高層ビルの谷間になっていた。

お洒落な若者ばかりが綺麗な駅中央通りを歩いていた。
そこを老夫婦は滑らないようにヨチヨチ、フラフラしていた。
大発展し別世界に来たようだ。人混みが怖い。

(本丸御殿は、慶長20年(1615年)に徳川家康の命によって建てられた。その復元は平成30年に完成した。書院造は13棟から構成される。花鳥風月を画題にした障壁画など絢爛豪華。400年の時をこえて、築城当時のままで蘇った。 )

名古屋に来ることを「来名」という。
駅は何度も来たのだが市内は28年振りの「来名」となった。
学務で約7年間も過ごした懐かしい思い出の名古屋。
1984年〜1991年まで大学に勤めて多くの学生を育てた。
コンピュータは大型でIBMが世界を制覇していたが、ミニコンDECも登場して
そろそろダウンサイジングという声も聞こえていた。

パソコンの誕生とArpanetというUNIXネットワークの黎明期が始まった。
名古屋の女子大で「テクノレディ」と呼ぶ女性の情報教育を始めた。
そして42歳の教授として活躍を開始した。

 (「テクノレディ」の同窓会は、昔の情報技術を忘れたお淑やかな愛知淑女の集いになった。)

名古屋城に本丸御殿が復元されていた。
28年前は鉄筋コンクリートの天守閣だけがあった。
輝く「金の鯱」は名古屋の誇りであると自慢していたが、田舎臭い趣味。
ところが、「書院造」を忠実に再現した本丸御殿。
「金の鯱」と違って豪勢な匠の技を見せつけてくれる。

「表書院」「上洛殿」「黒木書院」「対面所」「湯殿書院」など
部屋の格式や用途によって、天井や欄間、飾金具、障壁図の
つくりや意匠が様々に変化していく。
これが本物の武家風書院造りなのかと感激した。

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      (42歳の私は80歳の今とは別人だった。 30年前の淑女達もまるで人魚姫のようだった。)

1月17日夕刻は、本丸御殿の襖絵の美女を想いながら同窓会に出席した。
30年昔の淑女の顔ぶれを確認しながら、にぎやかに懐かしい想い出を語りあった。

襖絵美女よりもリアルな淑女達との触れ合いこそ、私の老後にとり大切と出席者に挨拶した。

「テクノレディ」

   「テクノレディ」とは上手く名付けたと、我ながら感心している。
  情報感覚をもつテクノレディの育成がキャッチフレーズ。
  パソコン100台を設置、LANで相互に結ぶ実習室を新設した。

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     (COBOLからORACLE、MUMPS、SQL、Prologなど懐かしいプログラム言語の名前。
      ワープロこそ普及していたがパソコンはまだ少ない。時代を先取りしたIT教育だった。
      開設された1985年に125名の新入生を迎えることができた。)

  インターネット登場以前であったがプロトコルはTC/IPを採用した。
  そしてホストはUNIXミニコン2台。C言語なども学ばせた。
  1985年、女子大として初めての本格的な情報処理教育だった。


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 江ノ島  『80歳の忘年会』   2023年1月1日 (2022年12月31日)

江ノ島で夕焼けを眺めた。
12月30日なので大晦日前日の日没。
伊豆半島の天城山近くに、真っ赤に燃える太陽が沈む。
左に江ノ島とタワーが黒いシルエットを描く。
右にピンク色に染まる富士山と箱根の山並みが見える。
丹沢山系を包み込む雲はピンク色に変わった。

暗闇になると江ノ島のタワーがライトアップされた。
夕焼けの余韻が残っていて、相模湾の空はまだ赤い。
まるで富士山をバックから照らしているようだ。
こんな美しい富士山の影絵は見たことがない。

    

小田原から茅ケ崎まで続く町明かりが点灯している。
江ノ島のタワーは、真っ白なドレスを着飾った美女のようだ。
柔肌を黒のショールで少し隠し、夜会服の優雅な立ち姿。
是非ともワルツを一緒に踊りたい。

   江ノ島で「80歳の忘年会」を家族で祝った。
   80歳になれば、歳を忘れたい。
   そんな願いを込めて、赤ワインで乾杯。
   みなさんの無病息災と幸福を祈った。

2022年は世紀末のような混沌とした世界だった。
人類とは今だ野蛮な存在であると、厳しく審判を受けた。
文明は後退している。21世紀から18世紀まで逆戻りした。

コロナ禍は、まだ終わらない。
3年前に中国・武漢で発生したパンデミック。
3年を経て、生まれ故郷の中国に戻った。
コロナ禍を政治的に操ることは許されないだろう。

ロシアとウクライナの兄弟喧嘩は、まだ終わりが見えない。
19世紀末の塹壕戦によって骨肉の戦は続く。
憎しみを増幅するだけだ。二人のコメディアンは誰を楽しませたいのか。

人類は歴史を十分に学んではいない。都合よく忘れ去る。
平和と健康こそが人類共通の願いではないのか・・・。

江ノ島の美しい夕焼けとライトアップされたタワーは、
『80歳の忘年会』を祝ってくれた。

      

  

     


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