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世界の旅  ニューカレドニア  2023年4月2日〜10日

「80歳の新婚旅行」となった。
初婚なので二回目のやり直しの新婚旅行といえる。
約60年前の最初の新婚旅行は、瀬戸内海の小豆島だった。
そして、80歳になった新婚旅行は、南太平洋のニューカレドニア島だった。

「天国に一番近い島」
ニューカレドニアは「天国に一番近い島」と呼ばれ、50年前に小説の舞台になった四国程の南の島。
小説の内容は、よく知らないが女流作家による名作なので映画化もされたという。 何が天国なのか、少女趣味の妄想話だろう。

  

(メトル島は全島がビーチホテルになっている。水上コテージはサンゴ礁の上に建っている。南国の夕焼けは美しい。)

「ニューカレドニア」は憧れの島だった。その「カレドニア」とはラテン語で「スコットランド」を意味する。
確か、カナダで「ノヴァ・スコシア」と呼ぶ半島を訪れたが、これはラテン語の新スコットランドのことではないのか ?

フランス語の読みでは「Nouvelle-Caledonie」という。

「ヌーベルカレドニ」はフランス語が公用語のフランス共和国の海外県である。 県庁所在地、「ヌメア」は南フランスのカンヌやニースのような雰囲気。
街で聞こえる言葉はフランス語ばかりで、アメリカ人も中国人もいない上品なフランス田舎町だった。
老夫婦の足には適当な規模の町、2時間もウロウロするだけで名所を十分に巡ることができた。

「メトル島」
80歳の新婚旅行の日々は、「メトル島」と呼ばれるヌメアから南西に約6キロ、船で20分の小島で過ごした。
全島がビーチリゾートホテルになっている。島内には水上コテージや洒落た宿泊施設が点在している。 プールや豪華なレストランもある。まるでクルーズ船に乗っているような気分。
騒がしい街の喧騒を忘れさせる。紺碧のサンゴ礁に囲まれて、心地よい南国のそよ風と小さな波の音だけが聞こえた。
若者たちは水上バイクやカヌー、シュノーケリングを楽しんでいた。
浅いサンゴ礁の水中には小さな熱帯魚が群れて、ウミガメの姿も見えた。

カメ(私)はカメ(ウミガメ)を探し求めて、カメはカメと戯れた。
夕暮れに輝くコバルトブルーのサンゴ礁の海「メトル島」で

     カメはカメになった。

  

(メトル島はサンゴ礁で造られた小島。ウミガメや熱帯魚など海洋生物の宝庫だ。)

「カメのクレオール美女」 
老夫婦のハネムーンは4日間、争いもなく平穏なバカンスになった。
湘南ビーチボーイにとり海は日常の風景であるが、こんな美しいサンゴ礁を汚してはいけない。
潜るとコバルトブルーの透き通る海、無数のきらびやかな熱帯魚が泳いでいる。 時々、ウミガメが寄ってきて手を振る。

   「カメ・・、よく来てくれた!!」

スッポンのように亀頭を持ち上げて歓迎してくれた。
カメは、どこでも愛嬌者なのだ。活力をもらった。

ニューカレドニアの海にはチョコレート肌の「クレオール美女」が似合う。
ポリネシアンのビキニ姿は熱帯に咲き乱れる真っ赤なブーゲンビリアのようだ。 やや体形は太目だが、唇と目元が魅力的。
情熱的な泳ぎに誘惑されそうになった。
まさに、「天国に一番近い島」

「ニューカレドニアの隠れた歴史」  
フランス語「Nouvelle-Caledonie」では、ヌメア市内の戦没者慰霊広場にフランス国旗(三色旗)がなびいていた。
ニューカレドニアから招集された第一次大戦と第二次大戦そしてインドシナ戦争の戦没者を奉る記念碑である。
現地のポリネシアンやメラネシアン(カナカ人)などもフランス植民地軍として出征した。

ヌメア市内を一望できる「エフ・オー・エルの丘」には二門の大砲が設置されていた。 第二次大戦中にオーストラリア軍によって使用されたものでヌメア湾に侵入する日本海軍の潜水艦を撃沈するためだ。

1942年には日本軍が目の前のガタルカナル島まで迫り、「ニューカレドニア」は鬼気迫る戦況だったという。
ガタルカナル島にはラバウルがある。

  「さらばラバウルよ・・また来る日まで・・、」

と歌われたラバウル航空隊は有名だ。
ソロモン諸島やニューギニアなど南太平洋は日本軍に占領されていた。

  

(ヌメアの戦没者慰霊碑、市街はまるでトロピカル植物園。丘の上には大戦中に設置された大砲があった。メラネシア文化を伝える博物館。赤道を越えて南半球を飛んだ。夕日が炎のように赤い。)

「ニューカレドニア」は1939年にフランス本国がナチドイツに降伏後、
ドイツに協力するビシー政権下で支配されていたが現地で反乱が起こる。
ドゴール将軍指導の自由フランス軍に入り、連合国側に所属した。
「ニューカレドニア」は迫りくる日本軍を相手にして戦うことになった。

ニューカレドニアは全島にニッケル鉱脈が埋もれる宝島である。豊かな経済、特に観光資源に力を注がなくとも幸福である。
島民はフランス系やベトナム系・中国系やポリネシア系、そしてメラネシア系など、みんなフランス語を喋り仲良く暮らしている。
四国程の国土に総人口は約28万人。気候は日本とまったく逆、真夏は2月になり30℃ちかくなるが風が吹くことで涼しい。

ニュージーランドは安全なので英語の研修で人気があるという。もしかしてフランス語の研修ならばニューカレドニアは最適なのではと考えた。
しかしフランス語の時代は終わり、日本でも人気がない。21世紀は英語と中国語の時代だ。
フランス語の心地よい上品な会話を聞きながら、日本の語学教育を憂いた。

 


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