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ベトナム  東京国と越南国  2023年9月30日

ハノイ 「東京城と下龍湾」 

トンキンは東京と書く。ハノイはその昔、「東京城」と呼ばれていた。
昔のベトナムは漢字の国だった。トンキン湾は東京湾になるから親しみやすいが、現在のベトナムはラテン文字の世界だ。 年配者も含めてベトナム人は漢字を全く知らない。フランス植民地の政策でラテン文字とその変形を使う。

近くには、アラビア文字を忘れたインドネシア(オランダ植民地)やマレーシア(イギリス植民地)もラテン文字を使う。 イスラム聖典コーランがラテン文字で綴られているから惨めだ。さらにトルコまでもラテン文字を使うから哀れだ。 カンボジアとラオスは同じくフランス領インドシナであったが、固有の文字を今でも使っている。民族のアイデンティティーを大切に固守。
東京国を「安南」とも呼ぶこともある。安南人はフランス本土や植民地でも多く見かけた。安南兵の麦わら帽子姿を覚えている。

「ハロン湾」

「東京城」(ハノイ)」から約3時間でトンキン湾に着いた。その北西部に「ハロン湾」があった。 ベトナム語で「Vinh Ha Long」と綴る。漢字で「下龍湾」と表記されていた。一発で、その意味を理解できた。
石灰岩のカルスト地形からなる奇岩、島々が存在する。確かに「海の桂林」のような景色だった。「下龍湾」の伝承では、中国がベトナムに侵攻してきた時、龍の親子が現れ敵を破り、口から吐き出した宝石が湾内の島々になった。

民族衣装「アオザイ」を着た中年女性が寺参りしていた。お寺には漢字が表記され、アオザイは支那服にソックリだった。
「安南」は支那の一部のような印象を受けたが、ベトナム人は嫌がるだろう。
ベトナムは漢字からラテン文字に変わって大変よかった。

ホイアン 「越南国のランタン船」  

満月の夜、ランタンの灯りが綺麗だった。
越南国の古都「ホイアン」で幻想的な川遊びを楽しんだ。
越南国(Viet Nam)は南ベトナムのことである。フエには阮朝(グウエン)の王宮があった。 紫禁城や宦官や科挙制度まであり、中国王朝をコピーしたかのように中華文明を受け継いでいた。

ベトナム人にとり、そこまで中華文明に惚れこむ理由があったのか。ヒンディー文明も素晴らしいではないか。 ただ人のことは言えない。日本も大陸文化にすっかり惚れ込れこんで、儒教思想などを武士の精神思想として敬った。
立派な日本古来のシャーマニズム、「神道」があるではないか、万物に神宿るというアニミズムこそ日本の秘宝。

ベトナム戦争  「花は何処へ行った」

ダナンの名前を聞くと、ベトナム戦争を思い出した。アメリカ軍の蛮行により多くのベトナム人は殺された。 また無知なアメリカ兵(約6万人)の命も奪われた。無益な戦争で約180万人の命が失われた。 50年前にカメが沖縄を旅した時、上空をB52爆撃機の編隊がベトナム北爆に向かって飛んでいた。

反戦の歌、「花は何処へ行った」、「We shall overcome」、「風に吹かれて」などよく歌った。 1975年4月のサイゴン陥落と南ベトナムの崩壊、その痕跡は生々しく残っていた。 多くのベトナム難民はボートピープルとして世界中に拡散された。アメリカはベトコンに完敗した。

21世紀の現在、難民は続々とアメリカなどから帰国して、社会主義国ベトナムで仲良く活躍している。 南ベトナム軍を支援した韓国人は、「ハングル」を示し遊び廻っていた。 ハノイ北爆や枯れ葉剤作戦に従軍したアメリカ軍人は、家族で想い出の戦場を観光していた。

2023年のベトナムは、そんな悲劇があったことを忘れ去ったようだ。
皮肉なことに今のベトナムとアメリカは友好国になっている。
古都「ホイアン」の越南ランタンの灯りを見つめながらベトナムの激動の歴史を考えた。


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