幸せを呼ぶ神の化身とも思われた。

 

   カメ・アバターの独り言。          

                           

 

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       独り言  

  人間の完成は理性の完成である。哲学こそが人間を神へ導く。   

             動画「傘寿の庭に薔薇が咲いた」(約5分)

                       

        (薔薇の動画と音楽を楽しみながらお読みください)         


モラリストのオントロジ

フランス語で「moraliste」とは、現実の人間を洞察し、人間の生き方を探求して、独特の文章で綴る人をいう。
モラリストには16世紀から18世紀において活躍したモンテーニュ、ブレーズ・パスカルなど思想家が有名である。
モンテーニュの『随想録』を読んだ記憶がある。

『随想録』はエセーのことである。
モンテーニュは読者の興味をそそり、巻き込むように意図された巧妙なレトリックを用いて書いていた。        

「人間の存在」とは病的特質で固められている。
野心・嫉妬・そねみ・復讐・迷信・絶望など人間のうちに宿っている。
これが人間の生きる力(存在)の原動力になっているという。
モンテーニュ流の存在論(オントロジ)である。

2010年11月に卒業45周年を記念してエベレスト街道をトレッキングした。 エベレストは標高8848.86mで世界最高。チベット語で「チョモランマ」と呼ぶ。

  「人間の存在」なぞ考えも及ばない荘厳な神の世界だった。


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「マンション理事長ヨボヨボ日記」 2024年4月

 「交通誘導員ヨレヨレ日記」、「派遣添乗員へとへと日記」など、
低調な出版界で今、汗と涙のドキュメント日記シリーズが好評である。
これまでのタイトルを並べると、読者を引き付ける泥臭いコトバが続く。

     「非正規介護職員ヨボヨボ日記」
     「ケアマネジャーはらはら日記」
     「コールセンターもしもし日記」
     「バスドライバーのろのろ日記」
     「大学教授こそこそ日記」

 どちらかと言えば日陰の仕事。ブラック業界で働いた苦労人の生々しい話ばかり。 好んで飛び込んだ業界ではなく、生きていくために、やっと得た生業の体験談といえる。
「ヨボヨボ」「はらはら」「もしもし」「のろのろ」など「オノマトペ」が目立つ。 酒を飲むと気持ちが「ホンワカ」となり、血液の流れも「サラサラ」になる。 いつも腹の虫が「ゴロゴロ」と泣く。こんな「オノマトペ」は未開な幼児コトバなのだ。

「大学教授こそこそ日記」

「こそこそ」は、見つからないように密かに励んで教授まで昇りつめた成り上がり学者の実話。 関西KG大学で「こそこそ」と教えてきた三流学者の漫談。まるで私の体験談と似ている。

「マンション理事長ヨボヨボ日記」
82歳になり小さなマンションで理事長に選ばれた。「花咲か爺」ならば信頼できると勘違いされたからだ。

「花咲か爺」から「デジタル爺」へ変身。熱烈に改革を述べた。

   マンションのデジタル化を推進しよう !!

これがイケなかった。

    

デジタル化は大反対された。もともと桃源郷のようなアナログマンション生活。マンション住民にはプライバシーを危うくするようなホームページは好まれない。 わけありのカップルは明るみにされたくない。メールアドレスを露見するなど裸体を晒すようなもの。 GPSで愛の隠れ家を探索される。3度目の離婚や再婚までもバレル。まるで芸能人のように反対意見を述べられた。 豪勢な億ションに住む芸能タレントと同じ気分なのか、ぼろ長屋ではないか。

  「デジタル爺」から「花咲か爺」へと再び戻る。

      「マンション花咲か爺のヨタヨタ日記」を書こう。

薔薇のつぼみは膨らみ始めた。今宵はイタリア・ピエモンテ産の「バローロ」を選ぼう。 赤ワインは失意の「デジタル爺」を慰めてくれるだろう。

 まもなく5月。「花咲か爺」は眠れない薔薇の日々が続く。

(続く)

  特集 「薔薇の動画と音楽」


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 「裸婦像」

芸術的な『ヴィーナスの誕生』の裸婦を思いつく。

裸婦像は男ならば誰もが好むだろう。いつの時代も男性の欲望を描いているようだ。これが芸術なのだろうかと私は慎み深く観賞した。
15世紀ルネッサンス時代のボッティチェッリ『ヴィーナスの誕生』はフィレンツェのウッフィツィ美術館にあり、その前で私は堂々と写真を撮った。
オルセー美術館のブグローの『ヴィーナスの誕生』はあまりにも官能的な裸婦像なので私は長時間立ち止まれまれなかった。凝視していると変態老人と勘違いされる。  

19世紀になると耽美的なブグローの画風は当時の人々の好みに合ったようだ。ブグローのヴィーナスはイルカに貝殻を引っ張らせている。そして多くの天使(キューピッド)を描いている。

   


ウィリアム・ブグローは、19世紀のフランスのアカデミズム絵画を代表するフランス画家。このアカデミーとは美術学校のことで、17世紀の太陽王ルイ14世治時代に創設された。
アカデミー会員が描く題材は歴史画や神話画が中心であり、肖像画、静物画などは好まれなかったそうだ。裸婦ばかりだ。隅から隅まで裸婦を描きつくしていた。


「白銀のビーナスの丘」   2023年1月

   「八甲田の雪中行軍」
初日は雪雲に深く包まれ、強い寒風もあり粉雪もチラついていた。
分厚い手袋の中でも手先は冷たく、感覚がなくなった。
凍傷寸前のような痛み、ストックは上手く握れない。

   "冬山はやめよう !!"

これでは、死の雪中行軍になる。あきらめの境地になった。

 
    「白銀のビーナスの丘」
二日目早朝、朝日が美しい。中央アルプスの彼方に燃えるような太陽の輝き。 興奮して小屋を飛び出した。吹雪も終わり、快晴になるだろう。

美ヶ原から霧ヶ峰を通り蓼科に続く道は「ビーナスライン」と呼ばれる。
「ビーナスライン」の名は、蓼科山の山容を「ビーナス」に例えたことに由来する。

やや無理がある愛称と思えるが、穏やかな山並みが少しずつ高くなる。
標高2000mまでに広がりを見せてくれる。優雅な美しい山と高原の曲線。
横たわるビーナスラインだろうか・・・。妄想する。

    

蓼科辺りは「美の女神」のお顔のようにも見える。
ボッティチェリの名画『ビーナスの誕生』を想う。美しさを追求している。
真っ白な雪原となった美ヶ原は、「白銀のビーナスの丘」ではないのか・・・。

   女神のために頑張ろう !!!

「白銀のビーナスの丘」をスノーシューで徘徊した。

    

美ヶ原は王ヶ頭(2034m)を中心とした標高約2000mの溶岩台地である。 晴れると富士山、八ヶ岳、北アルプスなど360度の大パノラマが楽しめる。二人の80歳の老登山家は寒さに震えながら「白銀の ビーナスの丘」のベリーボタン(おへそ)まで到達した。これで十分満足できた。

「白銀のビーナスの丘」は広大である。遥か右前方に、二人の老人の姿は米粒のように見える。酔っぱらってリングワンデリングしている。快晴になり雲と雪原が交わっていた。標高2000mの高原は夏には牧場になる。

  天と地が一体になった。
真っ青な空が見えた。雪原を進むと雲海まで続けて歩いて行ける。 天国までスノーシューで登れそうだ。亡き母や友人など故人にも会えるだろう。

      女神に感謝した。


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「想い出のショーケース」

 小さなマンション部屋に小さな庭が付いている。
小さな居住空間であっても大切にしている。
だが老夫婦の終活の場であり何となく暗い雰囲気でもある。
明るく飾り立て、余生を活性化したいと思った。

 庭から覗いたインテリア。室内から眺めたエクステリア。
どちらも貴重な住み家だから区別なく日々使ってきた。
インテリアとエクステリアを手造りで飾り立てようと計画した。

 アンチークキャビネットが残っていた。
ガラス扉を開けると8段のガラス板の棚が付いていた。
鎌倉彫の小品を並べた。お宝である亡き母親達の傑作遺品。
その上は西洋人形の焼き物。磨いてガラスキャビネットの上に載せた。
さらにバルセロナの皿、ベローナの人形、ヘレンドの小皿など、
各地で買い求めた飾り物であるがジャンクばかりだ。
スタンド照明で「想い出のショーケース」は光り輝いた。

緑の世界、エクステリアは、トレリス周りに白枠を付けた飾り棚を作った。 額縁のようにして中に茶色のヒューケラと果物柄の瀬戸物を飾った。
エクステリア仕事の助っ人は孫「悠真」が来てくれ、ペンキ塗りに励んだ。

インテリアとエクステリアが一体化されて、まるで大きな部屋のようになった。
  小さなマンション庭にバラの咲く春がやってくるだろう。


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「本物の消防車がやって来た」   

 小さな鵠沼にあるマンションは燃え上がった。住民が興奮して気持ちが炎上したのだ。
消防署から本物の消防車がやって来た。小さなマンションの中庭に駐車した。真っ赤な大きな車体だからなかなか威圧感がある。

マンション住民の子供たちは嬉しくなりはしゃいでいた。憧れの消防車に触れるからだ。 消防隊員は4名のすらりとした長身の若者。彼らは50名もの住民を前にして張り切っていた。 消火器の扱い方とその実演から、そしてAEDを使った救急対応などデモンストレーションは続いた。
私は防災担当理事なので現場の指揮を行った。やや緊張して声がかすれる。          

世界一過酷な災害大国の日本。
地震・台風、津波、風水害など天災は日常事である。
そして火災。これは人災であるが何処でも発生する。
防災・防火など災害に対する防備の意識は必須。

いかなる災害でも、 避難した人は、僅か3割に満たないという。

何故、避難しなかったのか。
「自分は大丈夫だと思ったから」

何故、逃げなかったかのか。
「周囲の人が避難しなかったので、」
「自分一人では決められなかった」

災害が起こる前に、
日常においてどのような備え、心構えが必要になるのか。
マンションのみなさんと連携、これこそが重要である。


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プレスリーのジュークボックス    

 1962年のカリフォルニアの田舎町を舞台に、高校を卒業した青年たちが共に過ごす最後の夜。映画『アメリカン・グラフィティ』(American Graffiti)は、古き良き時代のアメリカの青春を描いていた。 豪華なアメ車、キャデラックがパーキングするドライブインがあった。街角には星条旗とその横に座っているのは「E・プレスリー」の人形、その店の入口脇には「M・モンロー」の悩殺マネキンも置いてある。

 ドライブインの中はロック音楽が鳴り響き、若者は踊り狂う。ジュークボックスから「E・プレスリー」も選曲できるようになっていた。エルヴィスは1972年に42歳で死んだが人気は衰えなかった。さまざまに形を変えて、多くのアルバムが制作された。このジュークボックスには大好きな「Love Me Tender」が収納されている。

     Love me tender, love me sweet

     優しく愛して  甘く愛して 僕をずっと放さないで

  77777

    Love me tender, love me sweet
     Never let me go
      You have made my life complete
       And I love you so

    Love me tender, love me true
     All my dreams fulfill
      For, my darling, I love you
       And I always will 
        

ジュークボックスに収録されているエルビス・プレスリーの曲は次のとおり。

 ● Love Me Tender

  ● My Way

  ● Don't Be Cruel

  ●  Can't Help Falling In Love

 

(1) 曲を選んでください。v 記号をプルダウンして選曲。

---->  

(2) 赤いプレイボタンを押して演奏開始します。

関連記事

2002年8月に私は「E.プレスリー」の聖地、テネシー州メンフィスを訪れた。
在外研究中のカリフォルニア・サクラメントから空路とドライブによって到着した。

「Elvis Presleyの聖地 Grace Land」

 


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「乙女のブドウ踏み」 


                  老人は妄想した。

 若い女性がブドウを踏んでいる姿。
民族衣装で着飾った乙女が素足でブドウを踏み潰す。大きな風呂桶のような容器の中は、赤ブドウの果汁で真っ赤だ。彼女の真っ白な足はピンク色に染まっている。

5年前に10本の葡萄の樹を植え付けた。
山葡萄を3本、デラウエアを2本そしてナイアガラを3本。
 デラウエアは、つるんと皮を剥くと甘酸っぱい味がした。 

        


   棚に這わすと小さな葡萄の葉が綺麗だ。
   葡萄は暑さ寒さ、乾燥にも強い。
   成長を観察すると身も心も癒される。

果実の発酵から果汁の熟成まで。一杯のグラスを満たすワイン。
優雅な芳香と優しく溶けるような舌触りだ。

 これも変態老人の幻覚だろう。
    9月6日は、私の80歳の誕生日。

マンションの小さな薔薇園でブドウ収穫祭を祝った。

    関連記事

カメの庭 「マンション・ワイナリー物語」   2021年7月

https://saitotac.jp/YTmansionWine.htm

動画は下記

          

https://youtu.be/cJOwLs5SlSs


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  「クレオール美女」 

蒸し暑く灼熱の日々、ニューギニア並みの気温になった。
庭一面が熱帯雨林のようになり、木陰でも息苦しい。
ブーゲンビリアだけが元気に咲き誇っている。

                  

真っ赤なブーゲンビリアは花に群がるチョウチョのようだ。
正しくは、花ではない。つる性の熱帯花木である。
美しく着色された部分は苞で、中心部に筒状の赤い花をつける。

「ブーゲンビリア」
草木にしては厳めしい名前ではないか。
フランス人発見者ブーガンヴィルに由来する。
ブーガンヴィル(仏名)がブーゲンビル(英名)になった。
ブーゲンビルは、人名、草木名、島名となった。

ブーゲンビル島の隣、ニューブリテン島ラバウルは太平洋戦争の激戦地として有名。
子供の頃、ラバウル航空隊の話をよく聞かされた。
ブーゲンビル島上空で、山本五十六海軍大将が戦死した。

「天国に一番近い島」
それは近くのニューカレドニアではなく、美しいブーゲンビリア島のことだろう。
ブーゲンビリアは、チョコレート肌の「クレオール美女」である。
熱帯に咲き乱れ、情熱的な姿に誘惑されそうになった。

"Je t’aime"

    
 

琉球美女
2022年4月は竹富島で沖縄のブーゲンビリアを見た。
真っ白な砂道は珊瑚石を積み上げた壁に囲まれていたその上に、
真っ赤なブーゲンビリアの中を水牛車はのんびりと進んだ。
「島唄」を謡う琉球美女から愛のコトバが聞こえた。

"めんそーれ"

"やーのこと、でーじ好きさー"    (あなたのことが大好きです)


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  「アナベルとユリ」  

              薔薇も終わりマンションの小さな庭は寂しくなった。

真っ白いアメリカ・アジサイ「アナベル」が咲きだした。
そして真っすぐに天高く伸びる「スカシユリ」と「黄色いカサブランカ」。
「アナベル」は、すらりとした姿のユリ達を優しく取り囲む。

          

「アナベル」はアメリカアジサイの名前である。
学名は「Hydrangea arborescens ‘Annabelle’」となっている。

      『アナベル・リー』はエドガー・アラン・ポーが残した大好きな詩。

           It was many and many a year ago,
               In a kingdom by the sea,
                  That a maiden there lived whom you may        know   
                     By the name of ANNABEL LEE
                         And this maiden she lived

         with no other thought
                             Than to love and be loved by me.

 
(アルゼンチンとブラジルの国境 イグアスの滝 2020年2月)

             昔々のお話
               海のほとりの王国に
                  一人の娘が住んでいた
                     その子の名前はアナベル・リー
                        いつも心に思うのは
                           僕への愛と僕の愛


    2年前(2020年6月)よりもアナベルは真っ白が似合う美女になった。

アナベルは日陰の庭の骨格になっている。 音楽はピアノとバイオリン「Long Long Ago」


      

  


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 「ようこそ菜の花畑へ」  

         "菜の花畠に入り日薄れ
             見わたす山の端 霞ふかし
                春風そよふく 空を見れば
                   夕月かかりて におい淡し"      『おぼろ月夜』

       

 

浅間山を望む佐久・瀬戸地区。
「瀬戸の菜の花畑」があった。

北に浅間山を望み、南に八ヶ岳から蓼科までも一望にできる丘陵。約7ヘクタールという広大な敷地に菜の花畑が広がっていた。

もともとは遊休農地だった。
地域起こしの試みとして3年前から菜の花を栽培してきたという。菜の花祭りで、菜種油で揚げた天ぷらを振舞うそうだ。

五月の青空の下「黄色のじゅうたん」を敷き詰めたよう。
「青と黄色」のウクライナカラーになっていた。

菜種油で揚げた天ぷらの味は、さぞかし美味いだろう。佐久の真っ青な空と菜の花畑の黄金色。
ウクライナのひまわり畑は戦場になったが、日本の菜の花畑は「平和と幸福」を表していた。

 


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ミントのハーブティーを楽しむ   

5月の「子供の日」、啓子と悠真が訪れてくれた。啓子のFaceBookから転載した内容である。

      マンションの小さな庭にて。。
      そこに生い茂るミントで、
      おもむろにハーブティーを淹れる爺様…
      そんな姿を、
      頼まれて必死に撮影する娘(私)…
      更にそんな健気な母を
      室内から片手間に撮影する息子…
      一体これは何の相関図なのだろうか。。
      あ、親孝行ってヤツか…ε-(´∀`; )⁈

     

この啓子のFaceBookに対して、30数名のフォロワーが反応してくれた。
以下は友人達からのコメント。SNSは親しみやすく愉快な会話になる。

Tokiko Asada
マンションに見えない‼︎
お洒落なカフェみたい💕

今井 啓子
Tokiko Asada 有難う、爺様、喜ぶ😉❣️
メニューはミントティーのみだけど🤣

長谷川 聡子
私がお邪魔するときはモヒートで😊

長谷川 聡子 いいね、美味しいラム酒を仕入れなきゃ😘。
メニューが、増えた‼️
 

関端 智恵
素敵だわー✨
ご実家に癒やされるね🌿
自由に会えるうちにたくさん親孝行だね🍀

今井 啓子
関端 智恵 私が泊まるスペースはないから、常に日帰りなんだけどね😅。あ、洗濯物を干すスペースもなさそうだ…🥹

Sanae Otsuka
ほんと素敵だなー😍
親孝行も😍
 


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  「さくら吹雪の浅間山」 

     「浅間山」は見わたす限り、さくら吹雪になった。

          "さくらさくら
              やよいの空は 見わたす限り
                 かすみか雲か 匂いぞ出ずる
                    いざやいざや 見にゆかん"

     

「浅間山」の残雪は白く筋のように輝いている。
二日前まで極寒になり、ゆき吹雪が舞っていた。
やよいの空は晴天になり、さくら吹雪で「火の山」は包まれた。

                  "さくら さくら いざ舞い上がれ
                      永遠にさんざめく光を浴びて
                         さらば友よ またこの場所で会おう
                            さくら舞い散る道の上で"


                                            「森山直太朗・作詞曲」

「この場所」と「さくら舞い散る道」とは小諸北西「飯綱山」である。
               


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  軽井沢は大雪                 2022年2月20日

珍しい大雪の軽井沢
30センチの積雪。白銀の世界になった軽井沢に来た。
氷点下10度にも冷え、大きな氷柱が垂れ下がった。
頭上を直撃されたら殺されるだろう。

         

小さな庭は一面、真っ白になり鳥の餌台も見えない。
野鳥とウサギの足跡を見つけた。
過酷な真冬に生命の息吹を感じた。

浅間山頂は吹雪いていた。

雪原をスノーシュを付けて歩いてみる。
よろよろと老人特有の足取りになる。
ストックが頼りだ。白樺林を徘徊してみる。

        極寒の白夜は、ホットワインにしてみよう。
 


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  「心の庭を耕す」      

2月初め、鵠沼でも零下になり朝霜を見つけた。マンションの小さな庭でオントロジをつぶやく。
窓辺に咲き誇るラベンダーからほのかな香りがしてくる。
ガラス窓越しに冬の庭を眺める。大きな額縁で飾られた絵画の庭になった。

 

「冬の最も厳しい時に、春が再来するという信念に、私たちはしがみついてもいい」
励みになるコトバである。

戦場の塹壕でも、兵士たちが庭を作っていた。
スコットランドの若き将校は薬莢で花鉢を作り、花を植えた。

「誰でもみんな、緑の指を持っている」

「私たちは自分の庭を耕さなければならない」

ガーデニングは、老い、病、トラウマ、孤独を癒す。ささくれ立った心を回復させる。

   心の庭を耕すために庭に出よう。

『庭仕事の真髄』(Sue Stuart-Smith著、和田佐規子訳 築地書館、2021年)を読んでいる。
原題は、「庭のように手入れの行き届いた心」、なかなか奥行きの深い内容。筆者は英国の女性精神科医師。
 


  『琵琶湖周航の歌』         

白髭神社の湖中に建つ鳥居の先に伊吹山が遠望できた。

   "われは湖(うみ)の子 さすらいの
   旅にしあれば しみじみと"

『琵琶湖周航の歌』の題材となった琵琶湖を訪れた。
なかでも歌詞4番は大好きな風景を映し出す。

   "瑠璃(るり)の花園 珊瑚(さんご)の宮
    古い伝えの 竹生島(ちくぶじま)"

竹生島は神の棲む島とも言われる。
宝厳寺の仏の御手に抱かれた弁才天のお姿を拝んだ。

   "仏の御手(みて)に 抱(いだ)かれて
    眠れ乙女子 やすらけく"

 

琵琶湖の周辺には、信仰の対象となった島や山々があり、神社と寺が多数造られた。 比叡山から近江神宮、三井寺、石山寺、近江八幡、太郎坊宮まで回り、 途中、豊満神社、大通寺、多賀大社を巡礼した。 近江は、伝説と神話の国である。 大きな湖水を囲む水辺の豊かな地。新緑で輝いていた。

この記事をFaceBookに掲載したら、岡田さん(S38卒)から感想を頂戴した。

私より1つ下の従弟が京大工学部電子工学科の第5期生でした。
昭和37年(卒業の前年)の秋、卒論を書き上げた後1か月ほど彼の下宿に厄介になりました。 京大のキャンパスのちかくに百万遍というところで、何人かで酒を飲んでは、琵琶湖周航の歌を歌いながら吉田山を登りました。 その折、東西南北沢山の神社、仏閣をお訪れました。当時姉も京都に住んでいたので、お金が無くなると姉に無心して名所・旧跡を巡りました。

カメの返答。
「三高寮歌」の世界ですね。古き良き時代、吉田山をさまよう、月淡く照らす頃。 岡田先輩の青春をセピア色の映像で想像しました。姉上もお住まいだった。羨ましい。

  444

三高の有名な寮歌は吉田山を題材にした「逍遥の歌」だろう。

   "紅萌ゆる岡の花
    早緑匂う岸の色
     都の花に嘯けば
      月こそかかれ吉田山"

旧制高校の寮歌は音程も歌いやすく、歌詞はどこも荘厳な語句で意味深い。
妻の亡き叔父「正美」は一高出身だった。毎年のように「寮歌祭」に参加することを楽しみにしていた。 その祭りでの身なりは、白線を巻いた学生帽にマントをまとい、高下駄を履いたバンカラ学生の姿だった。

   "嗚呼玉杯に花うけて
    緑酒に月の影やどし"

大きな校旗を振り回し、一高寮歌「嗚呼玉杯」を特別な想いで大声で歌ったのだろう。輝ける青春時代を一高で過ごせた笑顔。サントリー美術館の館長が最後の仕事だった。


『見返り美人』

  小さな苔庭に「擬宝珠」が咲いた。
  ギボウシと書けば親しみやすい。

まっすぐ伸びた茎は、乙女の細いうなじのようで気品がある。
その優美な茎先に筒状の花をいくつもつける。
ギボウシは、小さな1つの花を1日しか咲かせない。

  花の命は短く、はかない。
それだからこそ愛おしくなる。

ギボウシは、木陰で涼しげな立ち姿を披露してくれる。
ふと振り向く和服姿を描いた美人画を見ているようだ。
ギボウシの苔庭は『見返り美人』のいる浮世絵になった。

自然のままの苔庭
日陰の山野草を育てたい。地味な里山のような景観にした。
山麓やカラマツの林の中で見つけた山野草を植えた。
出来るだけ自然のままの姿にして、素朴な緑の色彩でまとめた。
野草の葉は、様々な緑色になり緑のグラデーションを楽しめる。

ロックガーデン
キボウシやシュウカイドウ、斑入りイワミツバなど山野草を植え込み細い山道を造った。
周りに苔むした溶岩石を集め、積み上げてロックガーデンのような風情になった。

    

 記念切手

『見返り美人』は1946年に記念切手として発行された。小学生の頃、私は新潟市に住んでいて切手収集が大好きだった。学校の帰り、新潟中央郵便局へ寄り道することが楽しみだった。

『見返り美人』の「見返り」の意味はよく理解できなかったが、緋色の衣裳を身につけた女性の姿に魅了された。今でも大切に保存している。

 菱川師宣の浮世絵

17世紀の浮世絵師「菱川師宣」は、女性を美しく見せる演出法として、歩みの途中で後方に視線を送る姿を描いたという。「モナリザの微笑」にも匹敵できるような芸術性がある。

ギボウシのまっすぐ伸びた茎と薄紫の細い小さな花は、高貴で落ち着いた雰囲気を醸し出す。

  これこそ苔庭の『見返り美人』であると妄想した。   

 


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 「人は死ねば、お山さ行ぐ」  

    お山とは「恐山」のことだ。

            "人は死ねば、魂は恐山に行く"

「人は死ねば、お山さ行ぐ」 という津軽弁は、ロシア語の口調と同じ。「死ねば」 「行ぐ」などの音程は「ダー」、「ハラショー」、「スパシーバ」 と似ている。なかなか面白い。

    

下北半島の「恐山」は死者の集まる霊場である。
河原に石を積み上げ供物をし、ひたすら祈る。
「幻のイタコ」が亡き人の意思を伝えてくれる。
イタコのアバターかもしれないが神々しい。

「仏ヶ浦」は、あの世に旅立つ時、この世に戻ってくる時に、立ち寄る賽の河原。
海岸沿いに連なる白緑色の巨大な岩は、カッパドキアの奇岩に似ている。

龍飛崎から津軽海峡を挟んで北海道の松前半島や函館山が見えた。
「津軽海峡・冬景色」の歌謡碑があったが、私は『北帰行』を口ずさむ。  

"窓は 夜露に濡れて
都 すでに遠のく
北へ帰る 旅人ひとり
涙 流れてやまず
夢は むなしく消えて
今日も 闇をさすろう"
 

 

 


 

初秋になり下北半島と津軽半島を廻った。
そして男鹿半島にも寄った。そこは「ナマハゲ」伝承の半島。
三つの東北の半島を巡る旅だった。


「冥途新幹線」           2021年12月

     5日間で日本を一周

 小さい島国の日本でも少し無理であるが、新幹線を利用して一周。 ある旅行会社のツアーに参加することで実現できた。 走行距離5126.9km。鉄道総時間32時間50分。 新幹線と呼ぶ広軌レール鉄道は日本独自のもの。 レールの幅が狭軌(1067mm)に比べて広軌(1435mm)は広い。 欧米や中国・朝鮮などは広軌レール幅が標準である。 狭い盆栽のような日本に狭軌レールで十分だった。

   日本の高速鉄道網

 新幹線は、東海道、山陽、九州、東北、上越、北陸、北海道、山形、秋田など9個所に敷設されている。 山形と秋田は、狭軌を広軌レールに変えただけで旧幹線に過ぎない。 日本の新幹線、正式には高速鉄道網はフランスや中国に比べると見劣りする。 しかし、流線形スタイルの車両は様々であり、室内はとても綺麗である。 これは日本人乗客が上品であること、そして手入れに気を遣う運営会社の熱意の賜物。  

    砂蒸し風呂  「やは肌のあつき血汐」

 あふれ出る温泉が温めた砂。熱砂の中で生首だけを出し、全身に砂を盛られて土葬姿になった。 少し重く感じるが体中に砂の温かさが染み渡り心地よく眠くなってきた。 その昔、『みだれ髪』の与謝野晶子も楽しんだそうである。 早朝から砂蒸し温泉で、歌人の詩をつぶやいた。

  「やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」

2日前は雪の北海道・洞爺湖で湯浴みを楽しんでいたのだが、 ここでは椰子と蘇鉄が繁る、温暖な鹿児島・指宿温泉で砂蒸しされている。 小さな日本であるが、地形と気候は面白いくらい変化する。  

  冥途への土産  「Cool Japan」

 まず北海道・函館まで北海道新幹線で函館北斗まで行き、在来線を乗り継ぎ洞爺湖の温泉に宿泊。 本州に戻り盛岡から秋田新幹線であつみ温泉泊。 新潟から上越新幹線・高崎乗り換えで北陸新幹線で福井県のあわら温泉に到着。 そして山陽新幹線と九州新幹線で鹿児島から指宿温泉に泊まる。 あっという間に5日は終わり、トンネルばかりを楽しんだ鉄道の旅だった。 老夫婦9組限定、介護ホームの団体のような雰囲気。 豪華なオーベルジュで心こもるおもてなしを頂戴した。 

   まさに冥途への土産、「冥途新幹線」と納得できた。

 


  「あれから60年 彼女の顔は物語」

江の島沖の相模湾に赤い夕日が沈む。
その先は伊豆半島の天城山の後ろになる。
山並みが真っ赤に燃えているようだ。

サーファーが波間に群がっていた。まるでミズスマシのような姿をして大波を待っている。

鵠沼海岸に秋がやってきた。

老夫婦が波際を歩いていた。しばしば砂に足を取られよろよろとつまずいた。
互いに手を差し伸べ硬く握りしめていた。二人の会話が微かに聞こえた。

"しっかりしなさい。もたもたしないこと。ダメなひとね。"

80歳近くの老夫婦はお互いに顔を見合わせた。

あの時は、柔らかな白い手を握り締めてくれたのに・・。

さざ波が幾重にも二人の足元を濡らした。

    "冷たくないかい。スカートが波で濡れてしまうよ。

                 素足だから大丈夫なの。"

あれから60年。

こんなにも会話は変わるものなのか。
お顔はまるで妖女百面相のように変わってきた。

彼女の顔は物語になると思った。 動画を見る ---->  クリック


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    コロナの終焉を見届けたい 

 

           持病持ち何故かコロナに

            言い寄られ

           コロナには今は多忙と

            言い含め

          コロナには死生観まで

           揺さぶられ

                                  (榎本博行)

 

なんとかしてコロナ感染を生き延びて、安らかに大往生したいが・・。80歳までも頑張ってきた。コロナ外出自粛にも耐えてきた。我慢、我慢の連続で苦しい日々だった。


   日本の山河

日本に生まれてよかったと私は熱く思う。『故郷』を歌っているうちに日本の山河が浮かんでくる。日本の原風景である。こうした景色を見ながら私も大人になった。緑豊かな里山に恵まれているのは日本だけである。確かなことではないが、日本は緑化された地域、すなわち森林と野山の領域は森と湖の国といわれる北欧フィンランドに次いで世界第二位であるという。広大なロシアでもなく、豊かな森の続くカナダでもない。アメリカ合衆国ではロッキー山脈、アパラチア山脈などに沿って緑が続くが、残りの多くは荒野に過ぎない。中国となると砂漠化が進んでいる。


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ナポレオン モスクワ プーシキン美術館 モネ


 

 電子の書板(タブレット)

 

 残ったのは一枚の電子の書板(タブレット)だけです。書籍の活字も電子タブレットで読めるようになりました。活字という表現は、文字を印刷する書籍のために生まれたのですが、電子書籍の発展に伴い「活字離れ」がさらに進み、「活字文化」は衰退するのでしょうか。「活字文化」の前に、それは長い「文字の時代」がありました。人類200万年の歩みのなかで、その200分の1の1万年足らずが「文字の時代」であり、しかも本当の意味での文字の歴史は、その半分の5000年を経ているにすぎません。

 


  

 知的イマジネー ション

 

 概念理論の研究では、図書館の雰囲気や環境が重要である。その薄暗い教会のドームに似た高い天 井には、ギリシャ神話と哲学者の姿が描かれている。またギリシャ語によるソクラテスとアリストテ レスの 言葉がプラネタリウムの星座のように輝いている。天井の四方の壁面には、ソクラテス、ガリ レオ、ダビンチ、エラスムス、ボルテール、カントなど古今東西の哲学者、賢者、 論理学者、数学者、芸術家、文学者、歴史家など知識の発展に寄与した人々の肖像画や彫刻像がある。その中には歴史を 描いた絵画、哲学の系譜、科学の発展、探検と冒険、 発見と発明、分類の歴史など図解も含まれてい る。それらの絵画にかこまれた空間に、蔵書が並べられた書棚と閲覧机があり、人々は思い思いに読 書をし、知的瞑想に耽っている。図書館というものは、読書・閲覧するというよりは、知的イマジネー ションを活性化させる場所であると思った。 

 


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『エルドラド』 

真夏8月になり猛暑がやってきた。
マンションの花々は日陰を欲しがっている。

カメの庭は緑の『エルドラド』になった。
エルドラド(El Dorado)とは、スペイン語で南米にある伝説的な地名「黄金郷」を意味する。

葡萄棚に這わせた山葡萄やナイヤガラも大きく伸び、大粒の葡萄の実を付けてくれた。
新たにアーチを設置して、ネットを上に張り巡らした。
緑のトンネルの中で涼しく過ごせる場所を造った。

朝顔、夕顔、ヘチマそして熱帯のサンパラソルやハイビスカスなどつる性の草花を絡ませた。
その周りにはインパチェンスのピンクと真っ赤な花や真っ白な花色を点在させた。
下草に日陰を好む黄色のコリウスや赤いヒューケラを配置した。
緑のカーテンと緑のシェードが完成した。

まるでアマゾン・ジャングルの深い熱帯林のような雰囲気。
インカ帝国征服者「コンキスタドール」が探し求めた
アマゾン河の黄金郷「エルドラド」に居るようだ。

      「緑のエルドラド」は灼熱の太陽を遮り、光を届けてくれる。

動画は下記をクリックして下さい。

https://youtu.be/ScdEO_-jubc 


   『薔薇の微笑み』 

薔薇の微笑み
それは母の微笑み

夏の名残の薔薇が咲いている。
亡き母を懐かしく偲ぶ。

薔薇のような麗人だった。
亡き母に捧げるオマージュ

1921年9月16日に生まれた。
17歳頃の微笑み。

2019年10月24日に
永遠の眠りについた。

98歳という高齢、
天寿をまっとうした。

白薔薇と白百合が大好きだった。
白い花々の微笑み。

夏の名残の薔薇
寂しく咲いている

愛しき仲間たちはみな枯れ
赤い薔薇色を照らし返す

近しき花も芽も消え失せた
ただため息をつくばかり

「The Last Rose of Summer」 
 (詩人トーマス・ムーア)

薔薇の微笑み
亡き母に捧げるオマージュ

  約2分の動画です。


https://youtu.be/3668g1umEG0
         


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このHP(ホームページ)とブログ(blog)の内容について、閲覧されたみなさまから不評・不満など悪評が多々ありました。いい加減な内容であり、なかには反宗教的、反政府的言動もある。これで元学者として恥ずかしくないのか。自分勝手な内容で世間を扇動するような妄想もある。さらに誤字脱字だらけである。そこで弁解です。
私は80歳近くの後期高齢者、しかも認知症予備役といえる情けない老人です。ささやかな過去の栄光だけで余生を過ごしております。全ての内容は「はったり」や「カラ元気」による老人特有の虚ろな盲動によるものばかりです。みなさま、宜しくご容赦願います。


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