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論評 「ウクライナに平和を」 冷静に分析する   2023年2月24日

大河ドニエプルが流れる黄金の丘に首都キエフがある。
10世紀ウラジーミル大公はキリスト教を受け入れた。
歴史的に、キエフ・ルーシンは東スラブ民族の聖地でもある。
キエフ・ルーシンは「キエフ」ウクライナ、「ルーシン」ロシア、
その意味どおり二つの民族が一体であることを示す。

私はウクライナとロシアが大好きだ。両国には何回とも足を運んだ。
ウクライナ侵略は冷静に分析する必要がある。一刻も早い停戦と平和を考えるべきだ。

 

(首都キーウ(キエフ)の独立広場はウクライナの歴史を見てきた。ウクライナ・コサック(ヘトマン)の銅像。聖アンドリュー教会。キエフのオペラ座は見事な劇場。ウクライナの詩人、シェウチェンコの石像。)

プーチンが最近になって尊敬する独裁者スターリンはグルジア(ジョージア)人だった。 トビリシの修道院で学んだこともある神学生であった。
約30年前までウクライナもロシアもソビエト連邦に属していた。
プーチンの夢は栄光のソビエト連邦を復活させることだろう。
ロシア人の保護、とは口実にすぎない。プーチンの本音はソビエト連邦の再現である。 これは野望であり決して許されないが、プーチンの哀れさには同情できる余地もある。

私は国際政治学者でもない、ずぶの素人の感想を述べたい。

ドンバス地方とクリミア半島はロシア連邦に属すると思う。
特にクリミア半島はもともとウクライナに帰属する地域ではなかった。
クリミア・タタール人の故郷で昔はオスマントルコも領有していた。
クリミア半島の今の住民はロシアとウクライナからの移民に過ぎない。
ソビエト連邦時代にフルシチョフはウクライナへ帰属変えをしたという経緯もある。 ドンバス地方は住民の民族意識は低く、ロシア人でもウクライナ人でもどちらでも生活が豊かになれば帰属にこだわらない。

プーチンの願いは最低限でもドンバス地方を奪還することだろう。
狂犬となったプーチンもこれで満足して、プードル犬並みに穏やかになるだろう。 しかしゾンビのごとくに再起して野望を抱く。それは独裁者の宿命といえる。 これを上手く操るUSAとNATOも同罪といえる。独り勝ちは中国になるだろう。

エストニアやラトビアなどバルト三国にもロシア系住民が多い。カザフスタンやウズベキスタンなど中央アジアにも多くのロシア人は暮らしている。
これらの国々はソビエト連邦を構成していたから自然の成り行きである。シベリアは流刑の地、多くのウクライナ系やポーランド系など住民が住み着きロシア語を日常語としている。
ロシアは多民族国家の見本なのである。アメリカ合衆国に住み着けば、アメリカ人と呼ばれるようにロシアに住み着けばロシア人だった。
ソビエト連邦はアメリカ合衆国と似ていた。もちろん共産党独裁の強権的国家で、構成国の自治は一切許されてはいなかった。辛うじて民族的な特色だけは保たれていた。

なかでもウクライナとロシアは宗教的にも言語的にも、そして文化的にも歴史的にも一体化している。
日本に当てはめると関東地方と関西地方の関係に似ていると思う。
似た例は、チェコスロヴァキアだろう。現在は二つの国家、チェコとスロヴァキアに分裂したが言語は関東弁と関西弁という違い。

 

(ぺチェルスカヤ修道院の正門、三位一体教会。聖ソフィァ大聖堂、聖ミハイル修道院、アンドレイ教会。「独立記念碑」高さ52メートル、12メートルの女神像が乗っている。独立広場で「I love Kyiv」後ろはホテル・ウクライナ。西ウクライナ最古の木造教会。若いウクライナ人の結婚式。)

ウクライナ人もロシア人は、もともと東スラブ人として仲良く暮らしてきた。東スラブ人の中でロシア色が濃厚な人々はロシア人として意識し、ウクライナ色の強い人達がウクライナ人と主張しだした。 ソビエト連邦の時代はさほど民族的違いはお互いに意識してはいない。フルシチョフはウクライナ人、ゴルバチョフもウクライナ人を母親に持つ。

2002年在外研究のカリフォルニア・サクラメントで、多くのロシア系住民と仲良くなった。ソビエト連邦が崩壊後にアメリカにやってきた善良な若いロシア人達だった。 サクラメントの日系人達は、彼らロシア人を歓迎していた。ブロンドと青い眼、日系人にとり憧れの白人だからだ。彼らはロシア人と呼ばれていたが、実はウクライナ人だった。
ウクライナもロシアもローマ字と異なるキリル文字を使う。彼らの会話は発声と語感は全く同じで、ロシア語なのかウクライナ語なのか私にはハッキリと区別がつかなかった。
ロシア人もウクライナ人も憧れのUSAパスポートを取得して、みんなで仲良く、彼らの友人夫妻の結婚式を祝っていた。

ウクライナとロシアに「Мир(ミール)」平和を !!

 

この記事は、2018年のウクライナ旅行の記録である。2003年は西ウクライナのウジホトロドでユニエイト(東方典礼カトリック教)と呼ぶ正教とカトリックの混合した集団を調査した。 スロヴァキアから車でリビウに入った。2018年はオデッサから夜行列車でリビウにむかった。戦艦ポチョムキンの反乱とオデッサの階段を印象深く眺めた。
クリミア半島にあるバクチサライというタータール人の都遺跡。2次大戦の終戦処理を決めたヤルタ会談。軍看護師ナイチンゲールが活躍したクリミア戦争のセバスポリ。懐かしい。

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「ウクライナの栄光と自由はいまだ滅びず」(2022年4月作成)

動画は下記をクリック

(映画「ヒマワリ」のテーマ曲とウクライナ国歌)

関連する記事

(1) 「ウクライナの栄光と自由はいまだ滅びず」  2022年4月

https://saitotac.jp/YTukulina.htm

(2)  以下は評論の中に掲載。

https://saitotac.jp/story.htm

● 「ラベンダーとビオラはウクライナ国旗」  2022年4月2日

● 「悲劇のスラブ民族   "ロシアは恥ずかしい" 」  2022年3月3日

● 「黄金のウクライナ 」        2018年10月1日



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