旅行 山旅

   万巻の書を読み、万里の道を行く


 

1-1)  過ぎし日の旅 山の想い

55年前の山旅の想い出です。みなさんは若かった。そこには青春と未来があった。山と森、そして我々も実に美しく、輝いていた。浅貝の小屋にあった裏のゲレンデで肩を組み合って大きな人の輪をつくり、大声で歌った『旧き友』。

 

 旧き友 集い語ろうは 

 過ぎし日の旅 山の想い

 森にさすらい 谷をゆき

 峰に立ち日を忘れえず
 峰に立ち日を忘れえず
 山よ 心の故郷よ 清らに高く

 厳かに 変わらぬ汝れが 姿こそ

 永き交わりの印しなれ 
 永き交わりの印しなれ

 

2018年にKWV浅貝山荘は完成以来60周年を迎えた。初代山荘から三代に渡り、そこは世代を超えた交流の場であった。

浅貝は心の故郷であり、その山荘で歌う数々の山の歌は皆々の想いを共有する絆となっている。

 

 

 

 


 

1-2)  いざ友よ 歌いあわせん

 


いざ友よ 歌いあわせん 懐かしき調べを 

わが心 深く めでにし かの山の調べを 

湧き出ずる その清しき山旅の思いは

集いし 友の心を ひとつに結ばん
われら今 共に歌うは 若き日の思い出 感激に心 燃やしつ 踏みわけし 山谷年経れども その思いは今もなお 新しさらば友 歌を送らん遥かなる深山

 

 

 

 

右の写真には可愛らしい女子学生が二人、大鍋と格闘している。こんな可愛らしい人は41年にはいない。一年下のモツ(現トンベ・マダム)と真矢らしい。アタエちゃん

 

ところで真矢は誰と結ばれたのかな。山の娘ロザリアのようでオサゲが素敵だった。

ゲロッパキやブキという食器、そして真っ黒に焦げあがった大鍋、ベトコンかまどで味付けに苦戦したものだ。Kame
 

 


1-3)  友を偲んで 仰ぐ雲

 

 

 

薪割り飯炊き小屋掃除 皆んで皆んでやったっけ

雪解け水が冷たくて 苦労したこと あったけ



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二枚の写真には様々な年代の顔が見える。浅貝のWCの時のものだろう。2年生だった

 

 


 

1-4) 北岳の歌


想い遥か 北岳の 憩いの峰に 集いたる

我らが友よ 高らかに いざや 歌わん 

リード ハイマート
吹雪に暮れる 日も過ぎて 仰ぐ青さよ 吾が心

今こそ目指すは バットレス

鳴れよ ハーケン リード ハイマート 
 

 

ナタメや赤布を目印に森をさ迷った。藪もこいた。胸まで浸かる雪のラッセルに苦労した。

山あり谷あり、晴れた日も雨の日も、それぞれの道を踏みしめた。山への想いは今でも続く。


 

 

五色のゲレンデで100余名にもなる山仲間が両手で肩を組み合い巨大な人の輪を作り、大声で歌ったのはいつも『旧き友』だった。そして『若き血』。

 

 


 

 旧き友 集い語ろうは 

  過ぎし日の旅 山の想い                       

   森にさすらい 谷をゆき

    峰に立ち日を忘れえず
     峰に立ち日を忘れえず


 山よ 心の故郷よ 清らに高く

  厳かに 変わらぬ汝れが 姿こそ

   永き交わりの印しなれ 
    永き交わりの印しなれ

 


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   さらに詳しくは「喜寿記念合宿」を見てください。

 

半世紀前のモノクロ写真集。亡くなった山友達に捧ぐ。

過ぎし日の旅 山の想い

55年前の山旅の想い出です。みなさんは若かった。そこには青春と未来があった。山と森、そして我々も実に美しく、輝いていた。浅貝の小屋にあった裏のゲレンデで肩を組み合って大きな人の輪をつくり、大声で歌った『旧き友』。

 

 旧き友 集い語ろうは 

 過ぎし日の旅 山の想い

 森にさすらい 谷をゆき

 峰に立ち日を忘れえず
 峰に立ち日を忘れえず
 山よ 心の故郷よ 清らに高く

 厳かに 変わらぬ汝れが 姿こそ

 永き交わりの印しなれ 
 永き交わりの印しなれ

 

2018年にKWV浅貝山荘は完成以来60周年を迎えた。初代山荘から三代に渡り、そこは世代を超えた交流の場であった。

浅貝は心の故郷であり、その山荘で歌う数々の山の歌は皆々の想いを共有する絆となっている。



いざ友よ 歌いあわせん
いざ友よ 歌いあわせん 懐かしき調べを 

わが心 深く めでにし かの山の調べを 

湧き出ずる その清しき山旅の思いは

集いし 友の心を ひとつに結ばん
われら今 共に歌うは 若き日の思い出 感激に心 燃やしつ 踏みわけし 山谷 

年経れども その思いは今もなお 新しさらば友 歌を送らん遥かなる深山へ

 


友を偲んで 仰ぐ雲

薪割り飯炊き小屋掃除 皆んで皆んでやったっけ

雪解け水が冷たくて 苦労したこと あったけ


 

北岳の歌
想い遥か 北岳の 憩いの峰に 集いたる

我らが友よ 高らかに いざや 歌わん 

リード ハイマート
吹雪に暮れる 日も過ぎて 仰ぐ青さよ 吾が心

今こそ目指すは バットレス

鳴れよ ハーケン リード ハイマート 
 

ナタメや赤布を目印に森をさ迷った。藪もこいた。胸まで浸かる雪のラッセルに苦労した。

山あり谷あり、晴れた日も雨の日も、それぞれの道を踏みしめた。山への想いは今でも続く。


 

浅貝の裏のゲレンデで100余名にもなる山仲間が両手で肩を組み合い巨大な人の輪を作り、大声で歌ったのはいつも『旧き友』だった。そして『若き血』。


 

 旧き友 集い語ろうは 

  過ぎし日の旅 山の想い                       

   森にさすらい 谷をゆき

    峰に立ち日を忘れえず
     峰に立ち日を忘れえず


 山よ 心の故郷よ 清らに高く

  厳かに 変わらぬ汝れが 姿こそ

   永き交わりの印しなれ 
    永き交わりの印しなれ

 

 


 

亡くなった友の笑い顔。

 

今では遠く 皆な去り友を偲んで 仰ぐ雲 

槍から白馬縦走を 皆んで皆んでやったっけ

三俣蓮華で 日が暮れて 苦労したこと あったけ今では遠く 皆な去り 友の写真に眺め入る


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4-1) 七時雨山 田代平BC  1962年8月2日

   

あれから半世紀以上になる。陸奥の山々を迷った苦しい想い出。真昼岳は真昼の暗黒と呼んだ。藪漕ぎ、沢下り、とにかく熱く暑くて・・・・・。

田代平BCでキャンプを張っていたら、「あん方は自衛隊なのか」と牧童から素朴な問いかけがあった。

騎馬戦で遊んだ記憶もある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


4-2) 夏合宿 七時雨山 田代平 1962年8月2日

 

左から3番目にゴダイメが写っている。彼の家は浅草の卵卸問屋だった。その五代目であると自称していた。ハリー・べラフォンテの物まねと歌「バナナボート」が上手かった。卒業後のある日、カメ宅に百科事典「ブリタニカ」を売りに来たことがあった。Kame

 

 

 


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4-3) 夏合宿 妙高高原  1963年7月21日〜8月2日

 

 

 

 

 

 

 

 

カラーによる集合写真は珍しい。2年生の夏合宿。前列の左端に裸のエータンがいる。右後方でコブキと肩を組むのはオバーだ。その横はミドリなのか。その左には五代目とアタエちゃん。間違えたようだ。ミドリの前に座っているがコブキだろう。Kame

 


4-4) 秋期2年合宿「北八ヶ岳」1963年10月19日〜21日

松宮L.のもと2年生6人でプライベート山行の様なくつろいだ雰囲気。渋ノ湯から高見石・白駒池TSへ。北ヤツを北上し双子池TS〜蓼科山から親湯へ下るコース。今なら白駒池も麦草峠も、更には大河原峠までも車で簡単に登れてしまう。汗を流して歩いた路が隔世の感と言うにはあまりにも安っぽく淋しい。でも「見よ このミドリの黒髪を!」幾星霜を経た現実を見せつけられナットクした。

(T.ST.Shimada、チビチョン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


4-5) 春合宿  五色温泉  1966年3月1日〜6日

「卒業を前にした五色春合宿家形山ツアの4年生。みんな若かった〜! あっテツの雄姿がある。」

 

 

 

 

 

 

 

 


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4-6) 谷川岳白毛門から平標まで  1968年11月3日〜5日

この格好はドシーに違いない。Kame

 

亡きドシに捧げた私のベストショット「秋の浅貝の小屋」です!

「谷川岳白毛門から平標まで」と勇んで出掛けた珍山行でした。入社して2年目のS43.11.0305 金のない三連休、土志田と涸沢行きを諦め、谷川縦走して浅貝小屋入りを計画したが〜! 仕事を終えての夜行鈍行は超満員で眠れず、土合駅の階段と白毛門入口迄でダウン。急遽浅貝に向かう。ポチャとQちゃんが居て、翌日4人で村木から平標登山。秋晴れの山頂で昼寝して元橋に下山。当初予定通り「白毛門から平標まで」は実行された。静かな小屋で秋を愉しんでいたひとときのショットです。

平標直下の草原でのスナップ:一升瓶片手に“一杯ヤッカ!”   みんなで笑い転げました。迷プランナー・ドシの面目躍如たる中抜け谷川岳縦走、心に残る秋の山行だった

(T.ST.Shimada、チビチョン)  

 

 


4-7) 春合宿 五色温泉   1966年3月1日〜6日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約200名の部員が五色温泉スキー場で互いに肩車をして巨大な円を造った。

空に向かい大声で歌うのは「旧き友」や「若き血」だった。五色温泉はぬるい。長湯しなければ風邪をひく。宿の襖は隙間だらけでセンベイ布団だった。合宿最後の夜はパーティー別の寸劇を楽しんだ。カメは毎年演じたのは女役だった。一年生の時は「かぐや姫」。そして二年生の時は「クレオパトラ」だった。クレオパトラの入浴シーンは是非とも露天風呂でと希望したが誰も賛同してくれなかった。Kame


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4-8)  春のWK  浅貝  1963年6月14日〜16日

チビの肩に手を伸ばすはアラン・ドロンに似た男、今井だろうか。Kame

正月に中津帰省で参考書代と称して貰った金でオリンパスペンを買った。1年の5月連休明けに満員と入部拒否され、2年から入部して初の大イべントで被写体を選ばず撮りまくった。爾来、記録好きになった最初だ。

 

 

 

 

最終日、帰京バスを待つ間、庭の白樺の周りでみんなノンビリと過ごす姿のスナップ写真。装備品を仕分けするカメや下級生を尻目に、三々五々ダベリながら初夏の浅貝小屋を愉しんでいる。

 


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若きワンダラーが200人以上もいて、小屋が本当に若さムンムンで勢いを感じた時代だった。懐かしい限り!

(T.ST.Shimada、チビチョン) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2年合宿 三国山の下り  1963年7月5日

 

 

 

 

 

 

 

 

2年リーダー養成  1963年

 

 

 

 

 

 

 

 


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4-9) 雲ノ平  1964年6月4日〜9日

  わが想い出の山旅  (T.ST.Shimada、チビチョン) 

 

S39.6.49 L.古平SL.バラバ 総勢9人「残雪期 雲の平〜裏銀」プラン。大町七倉からブナ立尾根を登り、野口五郎岳を越え積雪の雲の平に入る。

白銀の雲の平で2泊、誰もいない天上の楽園を思い切り散策。

 

 

 

水晶岳をピストンし、馬蹄形稜線を三俣蓮華〜黒部五郎〜薬師岳と回り、太郎平から折立へ下った。

 

 

 

 

 

 

残雪期シーズン前の無人の北ア山中5泊の山旅で山への憧れを一層強くした。前年1月の愛知大薬師岳遭難が生々しかった。  

左端の女学生らしき美女はオカルなのか。山の娘ロザリア。古平も真面目に山登りしていた。

オカルの右隣りはバラバ。あの古代ローマ帝国奴隷の顔。またはシチリア・マフィアの顔。後ろに見えるのは槍が岳だ。 Kame

 

 

 


4-10)  朝日、雪倉、後立山縦走プラン  1962年

 

1年生はマサボンとトンべ2人でした。2日目の五輪尾根でバテて倒れ込み、アコさんに優しく介抱された甘い思いでがあります! トンベ

 

 

 

 

 

 

 

こんな山男姿の真っ黒な曲線美で我慢していた。あのマサボンがまるで別人のようだ。50年後はネパール人と勘違いされ「ナマステ」と挨拶されている。トンベは眼鏡も似合う好青年で、いかにも塾秀才顔だった。Kame

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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4-11) 八ヶ岳FCの同期メンバー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


4-12) ゴンサクのハーレム

これ本当にあのゴンサクなのか。Kame

コメントは照れくさくていやです。敢えて書き込むなら、「これ本当にゴンサクです。 決してカメ創作の合成写真ではありませんぞ。。」位で勘弁してしてください。(佐藤昇君 ゴンサク)

左端で首を横にするのはヌカリだろうか。その下で優し気に座り込む乙女はモツ(トンベ夫人)なのか。右下には弁護士夫人になるマドンナもいる。ゴンサクのハーレムだった。Kame

 

 

 


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4-13) 夏合宿BCあけび平

アタエチャンは二人の男から肩に手を伸ばされて迷惑そう。こんな乙女だったのかーー。 Kame

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アタエちゃんも大変苦労した。真っ黒な太ももを露出する強者二人。ワンダーてこんな山賊のような仲間ばかりなの。ヤメターイ。

あれから50年。あの乙女はどこへ行ったのか。1950年代はベトナム反戦歌が流行していた。Pete Seegerの名曲『Where have all the flowers gone』が懐かしい。

 Where have all the flowers gone, long time passing?
 Where have all the flowers gone, long time ago?
  Where have all the flowers gone?
  Young girls have picked them everyone.
  Oh, when will they ever learn?
  Oh, when will they ever learn?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丸太を掴むグゥシー、その横はタルイシだろう。その右横はドラとミドリなのか。ミドリにしては頭がふさふさ。左端は足長のダチョーだろう。右端は後輩だ。タルイシは生きているのだろうか。タルイシよ。もし、この写真を見たら是非とも連絡してほしい。

 


4-14)  マサボンの写真館

ここはマサボン(相川正汎君)から提供された写真館です。

FC 鳳凰三山   1962年5月18日〜21日

学・入部して1ケ月、まだ仲間の顔と名前が一致しないまま、ワンダー生活が始まった。緊張して夢中で歩いたはずだが、余り記憶にない。夕方遅く南御室小屋近くにテントを張り、薪を焚いて大鍋で初めてのメシをつくった。残った友(今井・小山)亡くなった友(大林、鈴木哲?)去った友(吉沢・村上)

2007年10月にチビチョンの呼びかけで45年振りにFCコースを歩いた。久米、下井、今井、安藤、横山、相川の7名、改めて北岳を眺めた。御座石への下り4時間は長くて再びしごかれた。(マサボン)

 


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初めての一般プラン 尾瀬ヶ原 1962年6月1日〜4日

FCの関門通過の翌月、初めての一般プランだった。他に井上、後藤が参加。水芭蕉が見ごろだったが、花を愛でる顔ぶれではない。京都のボンは、すでにおもろかった。(マサボン)

京都の小山芳樹がこんなに童顔でひ弱だったのか。

ところで鈴木哲は亡くなったのかね ?。 Kame

 

 

 

 

 

春の北沢BH  1965年4月
3年の学年末は学費値上げ反対運動で三田の山は揺れた。期末試験が1月遅れ春の一般プランは殆ど中止に。この北沢BHは4月半ばに順延して実施に。甲斐駒、仙丈岳をピストン登山。 快晴 強い日差しに、皆 うれしそう。
前列右の4人は小山、相川、佐藤、大。
(マサボン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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4年の夏 北海道合宿 1965年7月

ワンダー初めての北海道合宿。富良野から入ったBC地「原始が原」での開会式。森林の中の感じ。
雨が多く涼しかった。長く座っているとお尻が濡れてきて まいったね。
(マサボン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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4-15)   コブキの写真館

                   Photo 1     1-7) にも掲載

ここはコブキから提供された写真の貸し切り写真館。

 

3年のリーダー養成

平山君の事件が起こる少し前の写真です。平山君のパーティーが調子の悪い人が出たということで休んでいました。我々女子パーティーはしんがりでしたがそのパーティーを追い越していったのですが後からパーティーを分けたということで1っ本立てている所に追いついてきた所の写真です。(Kobuki)
 

平山君の事故は驚いた。マサボンと二人で湯沢の交番に事故について知らせに行った。飛び跳ねるような超スピードで山道を下った。翌日の新聞に「亀谷孝という慶大ワンダー学生が事故死」と報じられた。母親は驚愕。朝日新聞などマスメディアに手を回し事故を封じたのに・・・何故。

誤報だった。母親は、その切り抜き記事を大切に持っていた。(Kame)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1年の春合宿

1年春合宿、歌さんがLでシュラフさんが2年生、1年は私と久米吉とカメの3人でした。(Kobuki)
 

吉之助はコブキとやがて所帯を持つことなど想像もしていなかった(??)。(Kame)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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2年の夏合宿

コースは称名の滝から大日岳を経由して室堂に入り、剣・立山から五色が原を経て黒部川に下り、黒部を遡行して黒部に合流する東沢を詰め、野口五郎あたりに出る。そこから針の木・鹿島槍を経て白馬迄10日を超える縦走で荷物も重く、バテながらも良く歩いた。下山後漬物一切れで茶碗一杯を食う程の胃拡張を経験したのもいい思い出だ。(吉之助)

シュラフさんL、ネリカンさんSLで久米吉、クリニー、小山君、古平さん、吉岡さんが参加しています。(Kobuki)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シュラフさんはハンサムガイだった。エルビスプレスリーに似ていた。卒業してから東芝勤務の時代、札幌に仕事で行った折、夜の狸小路で御馳走になった。当時シュラフさんは千歳で牧場(?)を経営していると言っていた。体の不自由な弟のためだと言う。あの都会向きのシュラフさんの顔をあらためて見直した。兄弟想いの立派な人物だったのだ。その夜は遅くまで二人で飲んで歌った。となりで蛮声を上げるグループは警察官たち。シュラフさんの大切な知人であると言う。夜の札幌と何か関係が・・。懐かしい50年前になる。(Kame)

 

 

5-1)  志賀高原から岩菅山  1964年11月6日〜8日

上野を夜行で発ち、志賀高原から横手山を経て岩菅避難小屋に向かう。寒気厳しく夜雪が舞う。一夜で銀世界、明けて快晴の展望を眺めながら稜線を笠法師から白砂川沿いの秘湯ランプの温泉宿「和山仁成館」へ下る。今週は早慶戦、勝てば優勝で気もそぞろ。

 

 

 

 

勝った!夕方帰京し優勝祝賀の銀座に行く前に、皇居の芝生でテントを張ろうとして皇宮警察に怒られ、キスリング担いで銀座を2〜3軒ハシゴ。みなへべれけで何処に行ったか、どなたが払ったか、誰も知らない。 酔った勢いで田端の藍原アイちゃんちに全員で転がり込み、また痛飲。全員が大二日酔いで昼まで爆睡。昼飯をよばれて解散した。若気の至りのヒトコマでした。

(T.ST.Shimada、チビチョン)  2020年2月2日

 


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5-2)  前穂に登り、梓川沿いの温泉宿    1970年 


前穂に登り、梓川沿いの温泉宿で宿泊。
露天温泉で泳ぎ、陛下が渓谷向こうの上高地行きバスに向かい放尿。さすが昭和陛下。

陛下は五色の露天風呂でも同じような行為におよんでおり、周囲のブーイングにもひるむことなく、わかったわかったとしりぞけるなどそのういういしいお姿からは想像できないほど成長なさいました。
この写真は、岳沢でテントを張った時の写真でしょうか、夜中に水が出ると騒がれてたたき起こされた。Okawara

新太郎君(Okawara)は現在、松井田アルスロンガ農園の御領主です。下記で近況報告。

アルスロンガ農園 http://saitotac.jp/sub7.html

ブログ アルスロンガ農園2019年回顧禄

 


5-3)  カメのアイデンティティー


本名は大学卒業までは「亀谷孝」でしたが、1967年に母親の再婚先の名前である「斉藤孝」に改名しました。その後2002年になり顔にも髭を付け人相までも改造しました。変わらないのはカメという愛称だけですが、多くの先輩諸氏から未だ私の正体が明らかにされていません。容貌が加齢も加わり激変したことにもよります。
自分は一体何者だったのか。そんなカメのアイデンティティーを探るというが今回の小舎番の目的でした。うら若き乙女が「自分探し」にでも出かけたような清々しい時間を雪山で過ごせれば素晴らしいと思いました。雪の浅貝は50年ぶりですから何もかもが懐かしい。

(写真)スキーを楽しむ(1964年)

 

ぼっとん便所
新築された小舎は一代目とは変わっていましたが、乾燥室だけは玄関脇にあり変わっていないと感じました。すのこの上に寝袋を乗せ寒さを耐え、スキーの秘密練習に熱中したことがありました。水洗ウォッシユレットのトイレに座り思い出したことは、その昔の「ぼっとん便所」と汲み取りのWC のことです。雪道を肥桶をさげ天秤棒を用いて運搬しました。数回滑りましたが溢すことなく雪道には黄金のラインだけが続いていました。「自分探し」の目的は、雪見酒と懐かしの山旅の歌を大声で吠えるという50数年前と変わらない結果に終わりました。これこそがカメのアイデンティティーなのではと納得できた小舎番でした。  

 


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    過ぎし日の旅、山の想い

日本に生まれてよかったと私は熱く思う。『故郷』を歌っているうちに日本の山河が浮かんできます。日本の原風景です。こうした景色を 見ながら私も大人になりました。私の大好きな自然は、 「万巻の書を読み、万里の道を往く」という名言を実現する場です。とても万里にも日本100名山登頂にも及ばないが、山々の旅を楽しんできました。

「過ぎし日の旅、山の想い、森に彷徨い、谷を行き、峰に立つ日を忘れえず。」

これは愛する昔の山の歌です。山奥の露天風呂も楽しみですが、最近はお猿さんも楽しんでいます。山登りは、浅間黒斑山、前穂高、岩菅、根子岳、車山など低い山に10数回行きました。
(写真左 八方尾根             (写真右)上高地
     



 
戦後の荒廃と飢餓               
いつも登山で重いリックサックを背負う時、あの引き揚げの破れた小さなリックサックを思い出し、奮い立ちます。苦しくなると独り言をつぶやきます。

「汗水を流そう。頑張ろう。粘ろう。必ずや山頂に行ける。」

体力は衰えていますが、気持ちは若年です。戦後の荒廃と飢餓を耐えましたから。健康な体を与えてくれた98歳になる母親(トミ)に感謝しています。

 

 

 

 

 

  (写真右)  南アルプス 北岳(50年前)


                                                                                 
 (写真左) 北アルプス を望む スケッチ絵画          (写真右)    南アルプス北沢峠 甲斐駒 (55年前)                          


                                                 冬山に挑戦

50年前は雪山にも挑戦しました。4月末の南アルプスは積雪が2メートルもあります。稜線は凍結したり雪庇と呼ぶ雪の大きな塊が巨大な屋根のように突き出ています。雪崩の危険もあり ますが、雪山の神々しい美しさはこの時だけしか体験することができません。冬山の装備は足にスノーシューとアイゼンや深い雪ならばワッパを付けて手にピッケルを握りしめ慎重に登っていきました。雪上訓練としてピッケルによるグリセードを行いました。これは急な雪の坂道をピッケル一本を頼りにして滑り落ちるというなかなか難しい技です。

(写真左) 雪の稜線を進む                     (写真右) グリセード  雪上訓練

あの頃の山歌です。
    
カラマツ燃えくる(紅葉の)秋山を
    みんなでみんなでやった(登った)っけ。
   胸まで浸かるラッセル(深い雪)に苦労したことあったっけ。
    今ではみんな遠くに去り、友を偲んで筆をとる。


 

エベレスト街道    2010年11月
卒業してから45周年記念を兼ねる旅でしから、老人の登山です。エベレストに登るわけではなく、その麓の山道をトレッキングするわけで、誰でも行ける安全な山道です。高地に住むチベット人やシェルパ族にとって普段の生活の道ですから、多くの村々が点在し、素敵なホテルやロッジもあります。子供たちは学校に行き、人々はラマ教に帰依する信仰深い穏やかな生活をおくっています。カトマンズなどの低地に住むネワール人やインド系の人々のようなヒンズー教やイスラム教とは違い、日本人にも馴染めるチベット仏教(ラマ教)です。さらに安心できるのは、彼らの顔は日本人とそっくりのモンゴロイドだからでしょうか。
 


ネパールの首都カトマンズから小型飛行機で約40分のルクラ(2840m)まで最初に行きますが、悪天候により小型機は飛ばず待機しました。どうしてもスケジュールをこなしたいので5人乗りのヘリコプターをチャータしました。6人と荷物を載せてルクラの麓の畑になんとか着きました。そこから10日間のトレッキングを開始しました。エベレスト街道はチベット系のシェルパ族が暮らす生活道路です。ただ車は行くことができない、歩行とヤクや馬による輸送だけの街道です。遥かヒマラヤの峰々を超えてチベットまで続いています。

まず、目指す村落はナムチェバザール(3440m)です。初日はパクディン(2652m)で一泊。その渓谷を流れるドオドコシ川はエベレストの氷河を源流とする川で、急流を吊り橋で数回渡りました。酸素が半分となる高山病の対策は重要です。吐き気や食欲不振の症状が現れるようですが私には全く関係なく、毎日夕刻のお酒 を楽しみ、食欲はありました。(写真左上)ヒマラヤの山々

(写真左下)エベレスト街道  (写真右) アマダルマ


 

大名行列
街道は世界中からのトレッカーで大混雑しています。狭い道を行き交う人々とヤクや牛のキャラバンで渋滞していました。山道というよりは昔の東海道を歩く感じです。比較的平坦な起伏もなく、安全な街道です。高度が高いので高山病になる人もいますが、健康な人ならば女性や子供でも大丈夫です。チベット人やネパールの高地人は赤子から子供、老人までも生活している普通の高原といえます。日本人は大げさにポーターやシェルパを多く雇い、遠征隊などと呼んでいるようですが、それに比べると欧米人などは一人のポーターを雇うのが普通です。我々は多くのシェルパを雇い入れて、荷物から三食の食事までの世話を頼みました。まるで大名行列のようで恥ずかしい感じもしました。エベレスト街道の道順は、タンボチェ(3867m)、パンボチェ(3901m)、ペリチェ(4215m)、トゥクラ(4593m)、ロブジェ(4930m)、ゴラクシェブそしてゴールはカラパタール(5545m)です。詳しい「エベレスト街道」をご覧ください。
(写真右)カラバタール

 

--->   ヒマラヤ戦友会

 


   KWVキチ会  祝 喜寿合宿   2020年10月

 

 1966年 我々はなんとか卒業できた。みなさんは若かった。

      そこには未来があった。

 

2020年 我々は77歳になり、なんとか喜寿を迎えるだろう。

       そこには懐かしい想い出が残った。 

 

           

   喜寿合宿プロモーション・HomePage を見る。

                           

                            

 

 

     

 

    

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   幸せを呼ぶ神の化身とも思われた。

 

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